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» 2019年12月13日 07時00分 公開

ゴッホの左耳を生きた状態で再現 バイオ3Dプリンタで印刷 (1/2)

ゴッホは生前、自身の左耳を切り落としたが、米国在住のアーティスト、ディムート・シュトレーベさんはバイオ3Dプリンタを使い、ゴッホの左耳を新陳代謝をする生きたレプリカとして制作した。

[産経新聞]
産経新聞

 オランダ出身の画家、フィンセント・ファン・ゴッホ(1853〜90年)はしばしば「狂気の天才」と称される。精神疾患から自分の左耳の一部を切り落とした、いわゆる「耳切り事件」のインパクトゆえだろう。約130年の時を超え、ゴッホの左耳を「生きた状態」で再現したバイオアート作品がいま、森美術館(東京・六本木)で公開されている。制作したドイツ出身で米国在住のアーティスト、ディムート・シュトレーベさんに意図を聞いた。 (文化部 黒沢綾子)

photo ディムート・シュトレーベ「シュガーベイブ」(2014年〜)

音の仕掛けも

 開催中の「未来と芸術展」で展示されている作品「シュガーベイブ」。液体で満たした透明ケースの中に、白っぽい耳が見える。

 「新陳代謝をしている、生きたレプリカ(複製)です」とシュトレーベさん。ゴッホの末裔(まつえい)にあたる人々の協力で再現した、天才画家の耳という。耳の「反応」を感じさせる音の仕掛けもある。

 生涯独身のゴッホに子はなかったが、「ゴッホの耳」を構成する細胞のもとになったのは、ゴッホとY染色体を共有する弟テオドルスのやしゃごの男性、リーウ・ファン・ゴッホ氏の耳の軟骨細胞。そこに、ゴッホの母系の子孫にあたる女性の唾液から抽出したミトコンドリアDNAを導入、培養したという。

 耳の形は、ゴッホの生前の肖像写真とリーウ氏の頭部スキャンの情報をもとに割り出したもの。「リーウ氏はY染色体と(ゴッホの弟の)16分の1のゲノムを共有しているだけなのに、そっくりですよね」。2人の耳の画像を見比べながら、シュトレーベさんは指摘する。バイオ3Dプリンタで、耳の形をしたポリマー製培養基材を出力。基材に注入した細胞は成長し、やがてポリマーの糖分は洗い流され、白い軟骨の耳があらわになる。

マンモン復活で関心

 シュトレーベさんはアートと科学の融合を主軸に創作活動をしてきた。ゴッホの耳の再生計画は、絶滅したマンモスを、象の細胞を使った遺伝子編集技術によって復活させる米ハーバード大の研究に関心を抱いたのが始まりという。「子孫の細胞を活用して、歴史上の人物をよみがえらせることは可能なのか、と」

 発想のもとには古代ギリシャの伝説「テセウスの船」のパラドックス(逆説)がある。「つまり一艘の船を構成する木材を全部入れ替えたとして、同じ船といえるのか。アイデンティティー(同一性)を問うパラドックスを人体、それも歴史的人物を題材に、バイオ工学で検証したら面白いと思った」。技術的には耳だけでなく、ゴッホの体も“再生”できるところまで来ている。しかし脳や精神、才能はどうなのか――。

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