デジタルトランスフォーメーション(DX)を達成できない企業の生き残りは困難とする、経済産業省のレポート「2025年の崖」が注目されている。特に中小企業は、新型コロナ禍も相まって対応に苦慮しているのが現状だ。「崖」から転落しない経営者の心得とは。
日本の企業でDXが進まない理由として、既存システムの老朽化が指摘されている。多くの企業はITブームの2000年ごろに基幹システムを更新しており、それから20年がたつ。経産省によると86%の企業が老朽化したシステムを抱えているという。
社内のIT人材の不足によって、ITベンダーにシステム構築を丸投げしてきたことから、社内にノウハウが蓄積されていないケースもある。老朽化したシステムの存在がDXの足かせになっていると認識している企業は約70%に上る。
これらは大企業にも共通する問題だが、中小企業に特有の問題もある。それは、経営者の「認識の壁」だ。IT部門はおろか担当者すらいない中小企業では、経営者が音頭をとってDX化を推進するしかない。ところが、多くの中小企業経営者には以下のような4つの「認識の壁」があり、自らDX化を阻んでいる。
(1)「DXはITベンダーの新サービス、押し売りは御免」
多くの中小企業経営者は、ITベンダーから「不当に高価なITシステムを押し付けられた」という被害者意識を持っている。そのため、横文字の新しいIT用語を見聞きすると、条件反射的に「また手を替え品を替え、売り込んでくるんだな」と身構える。確かに、DXはITベンダーにとって貴重な新収益源なのだが、そういう事情は抜きにして、自社にとってDX化が必要か不要かを冷静に考えたいものだ。
(2)「DX化しなくても十分に事業を継続できる」
現在、事業が順調な企業の経営者は、よく「DX化は必要ない」と言う。しかし、現在うまくいっているからといって、将来も大丈夫と断言するのは、かなり短絡的だ。顧客が、ライバルが、社会全体が変わろうとするとき、自社だけ対応しないで済むだろうか。現状だけを見て「必要ない」と結論付けるのではなく、長期的な視点からDX化が自社の事業・組織にどういう影響を及ぼすか見極めてもらいたい。
(3)「今のITシステムが動いているから必要ない」
DXを進める際、新しいデジタル技術を取り入れる必要があるので、ITシステムを更新することが多い。そのため、中小企業経営者は「DX化=ITシステムの更新」という認識のもと、ITシステムが正常に動いている場合に「DXは必要ない」という判断をしがちだ。だが、DXの目的は事業・組織を変えることであって、ITシステムの更新はその手段である。ITシステムありきではなく、まず自社の事業・組織をどう変えたいか、そしてDXが必要ならどういうITシステムを導入するかというロジックで考えるとよいだろう。
(4)「DXで全てを変えるって、ちょっと無理」
ITベンダーやコンサルタントは、「DXで事業・組織を全面的に革新しよう」と言う。これを聞いて、多くの中小企業経営者は「資金も人材も限られるわが社では、全てを変えるのは無理」と尻込みしてしまう。しかし、「全てを変える」というのは一種の宣伝文句で、実際には顧客との商談や役所の手続きをデジタル化するなど、身の丈に合ったDXもある。ゼロか100か、という思考に陥らないようにしたい。
中小企業経営者は、(1)〜(3)の「壁」について、ゼロベースでDX化の必要性を考えていくべきだろう。世の中はDX化一色なので「うちも何かやらなきゃ」と考えてしまいがちだが、DXの必要性は業種や事業内容によって大きく異なる。必要ないというなら、無理に取り組むことはない。DX化が必要であり、これから取り組むということになれば、(4)に関連する事情を精査して、DX化を模索していくべきだ。
20年が日本における「DXの認知元年」だとしたら、21年は中小企業も「DXの実行元年」になるだろう。企業が発展する飛躍の一年であってほしい。
【プロフィール】日沖健
ひおき・たけし 経営コンサルタント。日沖コンサルティング事務所代表。1965年、愛知県生まれ。慶応大商学部卒。日本石油(現ENEOS)で財務部、IR室などに勤務し、2002年から現職。著書に「変革するマネジメント」(千倉書房)など多数。
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