デジタル化が加速する中、さまざまな場面でメタバースやデジタルツインという言葉を見聞きすることが増えた。メタバースはインターネット上の仮想空間のこと。デジタルツインは、現実世界の情報を仮想空間で忠実に再現する技術だ。現実世界と仮想空間が双子のような関係にあるため、デジタル“ツイン”と名付けられた。
メタバースやデジタルツインは、製造業のさまざまな問題を解決する技術として期待されている。その開発基盤として注目されているのが、NVIDIAの3Dコラボレーション/シミュレーションプラットフォーム「NVIDIA Omniverse Enterprise」(以下、Omniverse Enterprise)だ。
Omniverse Enterpriseは、さまざまな現場で既に用いられており、2021年12月にはOmniverse Enterpriseの導入を支援するためのコンソーシアム「NVIDIA Omniverse Partner Council Japan」が結成された。そこに加盟企業として名を連ねているのが、ITおよびエレクトロニクス分野の技術商社である理経だ。
理経は、日本の工場や倉庫をOmniverse Enterpriseで再現するためのデジタルツインアセット「JAPAN USD Factory」の提供を2024年11月に開始した。Omniverse Enterpriseを活用することで、日本の製造業はどのように変化するのか、理経の石川大樹氏(執行役員 次世代事業開発部長 兼 経営企画室長)と文思行氏(次世代事業開発部 インダストリアルAIグループ 3Dアートディレクター)に、Omniverse Enterpriseの特徴やJAPAN USD Factoryの開発経緯を聞いた。
理経は「システムソリューション」「ネットワークソリューション」「電子部品及び機器」の提供の3つをコアビジネスに設定し、顧客の課題を解決するソリューションの提案や開発、提供を進めている。2017年に新設された同社の次世代事業開発部は、デジタルツインを利用したソリューションを研究・開発している。デジタルツインという概念があまり知られていなかった2017年に同社が他社に先駆けて研究を開始できたのは、長年培ってきた知見があったためだ。
理経は以前、CGの生みの親といわれる米国の計算機科学者、アイバン・サザランド博士らが設立したエバンス・アンド・サザランド社の代理店業務を1980年代から担っていた。理経のコンテンツ開発の基礎には50年近い経験と知見があると言える。
理経が現在特に注力している領域がOmniverse関連の開発だ。石川氏は、Omniverseの特徴と利点を次のように説明する。
「Omniverseは特定のソフトウェアを指すものではなく、複数のソフトウェアを横断的に使ってOmniverseの中に統合することでさまざまなことを実現するプラットフォームを指します。多様なツールや複数の開発拠点をつないで同時に作業ができるのです。
大きな特徴は、アニメ制作会社のピクサーが開発した『USD』(Universal Scene Description)と呼ばれるデータフォーマットを主体としていることです。USDはシーンを複数のレイヤーで構成し、それらを非破壊的に編集できます。拡張性も高く、他のソフトウェアとの互換性が高いことが特徴です。
Omniverseには『高性能なGPUをフルに使ってリアリティーをとことん追求する』という考えが根底にあると感じています。光のシミュレーションで『パストレース』という機能を使えば光の反射の回数を指定でき、リアリティーが変化します。パストレースはGPUへの負荷が高い機能ですが、自動車メーカーが求めるボディーカラーのシミュレーションが可能になります。高性能なGPUをフルに活用し、プロが求めるクオリティーを担保しながら現場のアイデアを具現化できる点も魅力の一つです」
近年は、製造業でOmniverse Enterpriseの引き合いが増えている。特に注目されている活用法はロボットやデザインのシミュレーションだ。
「省人化や効率化を目的に、多くの製造現場がアームロボットや『AGV』(無人搬送車)を導入しています。これらは工場や倉庫に設置すればすぐに運用できるというわけではなく、運用テストを行ってアームの微調整やAGVの走行マップを作成する必要があります。つまり、稼働までに一定の時間を要するのです。
工場や倉庫をデジタル上に再現して、実物を搬入する前に微調整やマップの作成が完了していれば、工数を大幅に削減できます。デジタルツインを活用したロボットシミュレーションのニーズは高まっており、当社も一つのプロジェクトとして進めています。
デザインもハイレベルなシミュレーションが可能です。プロダクトを作る前にOmniverse Enterpriseで光の反射や質感を確認した結果、設計段階では分からなかったことが明らかになる場面が結構あるのです」(石川氏)
石川氏は、日本の製造業がOmniverse Enterpriseを活用するには「ある大きな課題がある」と説明する。NVIDIAが提供する標準アセット(開発に用いるモデルデータなどをまとめたもの)に、日本の規格に準じたモデルが存在しないことだ。
そのため、日本の製造業者がOmniverse Enterpriseで自社工場を再現する場合、フルスクラッチでアセットを開発しなければならず、膨大な費用と時間がかかってしまう。
一方、製造現場で用いられる設備や資材の多くは規格化されており、多くの現場で共通のものが使われている。そこで理経は、日本の工場や倉庫などで汎用(はんよう)的に使われているパレットやラックなどのアセットをJAPAN USD Factoryとして開発、提供して製造業におけるOmniverse Enterprise導入のハードルを下げた。
JAPAN USD Factoryには、パレットやラックなどのモデルデータだけでなく日本の工場でよく使われるマテリアルのライブラリも含まれている。開発に携わった文氏は、JAPAN USD Factoryの特徴をこう解説する。
「JAPAN USD FactoryはUSDベースで作成しています。Omniverse Enterpriseはもちろん、USD対応の3Dツールであれば利用可能です。マテリアルもPBR(Physically Based Rendering)をベースとし、当社が作成したマテリアルライブラリを提供します。見た目だけでなく物理的な測定にも使えるアセットにしました」
JAPAN USD Factoryは複数の製造業者と共同で開発しており、数百種類のモデルデータを収録している。
「さまざまなことがデジタルで実現できる時代になりました。しかし、いまだに多くの製造業が業務の効率化に課題を抱えています。Omniverse Enterpriseで細かいシミュレーションが可能になれば、生産ラインの最適化につながるはずです。当社が提供するJAPAN USD Factoryが、製造業におけるOmniverse Enterprise活用の一助になると確信しています」(石川氏)
JAPAN USD Factoryの開発に大きく貢献したのが、サードウェーブが展開するエンタープライズ向け高性能ノートPCブランド「raytrek」だ。
サードウェーブといえば、PCショップ「ドスパラ」の運営、ゲーミングPC「GALLERIA」などで知られる。GALLERIAはゲーミングPC市場で高いシェアを誇り、大規模なeスポーツ大会などに採用されていることが多い。
同社は複数のPCブランドを展開しており、近年力を入れているのが法人向け製品として2023年9月にリブランディングしたraytrekだ。プロ、ビジネスユーザー向けの高性能な製品に冠されるブランドであり、CADやAI向けの製品も登場している。
raytrekブランドから新たに発売された「raytrek M9651※」は、CPUとして「Intel® Core™ Ultra 9 185H」を、GPUはMobile用RTX Graphics(Ada世代)として最上位となる「NVIDIA RTX 5000 Ada Laptop」を搭載している。高いグラフィックス性能を有し、写真や動画編集に必要な高速処理が可能だ。高精度な作業における品質と速度を両立させる。
※在庫が無くなり次第販売終了となります。
本製品の大きな特徴は、NVIDIAが展開するソフトウェア開発者やクリエイター向けの支援プラットフォーム「NVIDIA Studio」の認証を取得している点だ。「NVIDIA Studio ドライバー」をプリインストールしている。
発売前にraytrek M9651を試した石川氏は、その使い心地を次のように話す。
「理経はこれまでもGALLERIAなどを開発に利用しており、サードウェーブ製品に対する信頼感がありました。raytrek M9651はNVIDIA Studio認証を取得しているので、アセット開発に必要なソフトウェアを安心して使える点も魅力です。実際に、処理が重いシーンも滑らかに描写できました。メモリ容量も十分あるので、Adobe Substance PainterやAutodesk 3dsmaxなどのワークフローに必要なDCCツールを同時に立ち上げてもストレスなしで作業できるでしょう。
理経が取り組んでいるプロジェクトでは、ロボット開発向けシミュレーターの『NVIDIA Isaac Sim』を使用しています。当社が確認した限り、NVIDIA Isaac Simの動作に十分な性能を備えていました。raytrek M9651一台でさまざまなプロジェクトを進行できそうです」
アセット開発などに用いる場合はリアルな質感を実現するため、液晶の色域の広さも重要だ。raytrek M9651は、プロの現場利用を想定しており、「DCI-P3」の色域カバー率は100%。シネマクオリティーの再現性を実現している。Mini LEDバックライト方式の液晶パネルを搭載しており、1000nitの明るさやくっきりした白黒表現、再現性の高い10bitカラー表示能力を備えている。フレームレートは120Hzで、滑らかな動作再生環境を確保した。4Kを超える3840×2400ピクセル(UHD+)の広い作業領域を提供する。
バッテリー容量は99.9Whで長時間の運用をサポートする。それでいて本体重量は約2.1キロ、厚さは22ミリと携帯性も高い。
「アセット開発に用いるワークステーションは気軽に持ち運べないため、開発中のアセットの共有やVRゴーグルをつないだデモなどができないという課題がありました。raytrek M9651は、その可搬性を生かして客先に持ち込み、実装したものを確認してもらえるはずです」(石川氏)
Omniverse Enterpriseに標準で付属している「ウェアハウス」というシーンを「RTXリアルタイムレイトレーシング」で描画させたところ、60fps前後のパフォーマンスが出たという。60fps前後あれば、一連の制作ワークフローにおいてストレスを感じずに作業できるはずだ。
理経は今後、raytrekのマシンにOmniverse EnterpriseライセンスとJAPAN USD Factory、トレーニングなどをセットにしたオールインワンソリューションの販売も検討している。「すでに多くの企業から、セット提供を希望する声を頂いています。ご期待ください」(石川氏)
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提供:株式会社サードウェーブ
アイティメディア営業企画/制作:ITmedia NEWS編集部/掲載内容有効期限:2025年3月11日