“夢のエネルギー源”とされる「核融合発電」。その研究を支えるスパコン「プラズマシミュレータ」が始動した。日本初導入となるチップを搭載した同スパコンは、フュージョンエネルギーの未来をどう描くのか。
地上に太陽を再現する――こう表現される「核融合発電」。「プラズマ」と呼ばれるイオン化ガスを1億度以上の温度にして核融合反応を起こさせ、エネルギーを取り出す。太陽などの恒星が輝く原理と同じだ。
燃料となる水素は海水から採取でき、低レベルの放射性廃棄物しか発生しないとされる。「実現すれば“究極のエネルギー”になり得ます」――核融合炉を研究する量子科学技術研究開発機構(QST)の矢木雅敏氏は、こう語る。
政府は21世紀半ばには商業炉を実現して、核融合による「フュージョンエネルギー」を実現するという国家戦略を掲げている。完成すればカーボンニュートラル社会が近づく。
2025年7月、フュージョンエネルギーの研究を支える新たな“星”が輝き始めた。スーパーコンピュータ(スパコン)の「プラズマシミュレータ」だ。愛称は「双星」。日本初導入となるチップを搭載し、総理論演算性能は40.4PFlops(ペタフロップス)を誇りながら、日本トップクラスの電力効率を持つ。プラズマシミュレータは、核融合の未来をどう描くのか。運用するQSTと核融合科学研究所(NIFS)、構築を手掛けたNECを取材した。
核融合の研究において、矢木氏が「最大の課題」に挙げるのが、1億度を超える超高温プラズマの制御だ。金属の炉が溶けてしまうため、強力な磁場を発生させてプラズマを閉じ込める。安定的に制御するためにはプラズマの振る舞いを予測する必要がある。
水や空気は粒子同士が衝突して熱的に平衡の状態になるため、ひとまとまりの流体としてシミュレーションできる。しかし、プラズマは粒子の衝突が起きにくく、粒子1個1個の軌道を追跡して計算する必要がある。時には1億個から1兆個の粒子の動きをシミュレーションして、全体を構成するアボガドロ数(10の23乗)個の粒子の動きに当てはめる。NIFSの藤堂泰氏は「並列性や大きなメモリ帯域が必要となるため、スパコンが必須です。使わないと研究できません。学術的に難しいですが面白い領域です」と話す。
NIFSは「データ同化シミュレーション」にも取り組んでおり、実験と同時にシミュレーションを走らせ、予測結果を基に実験を制御することに成功した。矢木氏も「リアルタイム性が高いデジタルツインで制御する方法が核融合炉の在り方だと考えています」と賛同する。
プラズマを閉じ込める核融合炉開発でもスパコンが活躍している。一般的な物質で炉を作ると、プラズマの熱や核融合時に発生する中性子によってすぐに劣化してしまう。これらの影響を予測するのにスパコンが役立つとし、QSTの宮戸直亮氏は次のように説明する。
「中性子を照射して材料の耐性を調べるためには加速器を使う必要がありますが、シミュレーションであれば容易にできる可能性があります。昔はプラズマの実験とシミュレーションの結果が合わないことがありましたが、コンピュータの性能が向上したことで結果の信頼性が高まっています。大規模な計算が可能になったため、シミュレーションの解像度も上げられます」
核融合のシミュレーションにおいて、日本では「ベクトル型スパコン」が主役を担ってきた。大量のデータをメモリから高速に読み出し、連続的に処理できるためプラズマの複雑な計算に適していたからだ。今回のシステム更新においても、NIFSは新しいベクトル型スパコンの導入を候補に挙げて検討していた。しかし、納期の関係でこれを断念。ちょうど“AI時代”を迎えており、AI処理に適したGPUの導入が広がっているタイミングだった。そこでベクトル型スパコンに代えて、メモリ帯域の大きいGPUの導入を決定した。
「CPUの性能向上は限界が見え始め、スパコン性能ランキング『TOP500』の上位をGPU搭載機が占めています。日本の核融合研究におけるGPU対応は他の研究分野に比べて周回遅れの状況にあり、あえてGPUを主軸に据えたスパコンの導入に踏み切りました」(矢木氏)
NIFSも新たなスパコンの必要性を認識していた。しかし、プログラミング言語「Fortran」で記述された既存のソースコードをGPUに対応させる作業はハードルが高く、GPUに適さない計算もある。研究者の多様なニーズに応えるためにはCPUとGPUどちらも搭載したスパコンが必要だが、NIFS単独による導入は難しい。藤堂氏は「NIFSとQSTが手を結べば、より高性能のシステムを構築できると考えて、共同調達を提案しました」と振り返る。
こうして誕生したのが、青森県の六ヶ所フュージョンエネルギー研究所で稼働しているプラズマシミュレータだ。
プラズマシミュレータは性能と使いやすさを追求し、3つのサブシステムA、B、Cから成る野心的なスパコンに仕上がっている。スパコン全体の演算性能の約8割をたたき出すのが「サブシステムB」だ。CPUとGPUを統合したAMDのAPU(Accelerated Processing Unit)「AMD Instinct MI300A アクセラレータ」を、大型計算機システムとしては国内で初めて導入した。
「CPUとGPUの間でデータをやりとりする際に転送のボトルネックが生じます。AMD Instinct MI300Aは、CPUとGPUがメモリを共有する『ユニファイドメモリ』を搭載しており、利用者がデータのコピーを意識せずにGPUの性能を享受できます」(矢木氏)
「研究者は、本当はCPUが使いたいのでしょう」と宮戸氏は共感を示す。核融合分野は、研究者自身がソースコードをCPUに最適化した形で書くことで物理モデルの拡張を試みており、積み重なった資産は相当な量になる。これをGPUに移植するのは容易ではない。ユニファイドメモリはメモリアドレスがCPUとGPUで共通なので使いやすく、スムーズに移行できると宮戸氏はみている。
過渡期であることを考慮して、GPUに移植できないソースコードに対応できる「サブシステムA」「サブシステムC」も用意した。サブシステムAは、大きなキャッシュメモリを内蔵したCPU「Intel Xeon 6980P」と、高速なデータ転送が可能なメモリ「MRDIMM(MR-8800)」を搭載している。どちらも大型計算機システムとしては日本初導入だ。サブシステムCは、CPUコア当たりのメモリをサブシステムAの16倍にした。
サブシステム3機の総理論演算性能は40.4PFlopsに達する。メモリに強みを持つシステムにしたことで、矢木氏は「ベクトルコンピュータに匹敵する性能です」と評価している。
構築を手掛けたNECは、QSTやNIFSと何度も議論してシステム構成を決めたと明かす。ベンチマーク用のプログラムを解析して特性を理解し、メモリバンド幅が重要だと判断。APUとMRDIMMの搭載に至った。同社の長坂真路氏は「採用するのは国内初だったので踏み切った提案でした。チップの特性に苦労しましたが、当社のスパコン構築・運用の知見を生かしてシステム設計に落とし込みました」と明かす。
プラズマシミュレータの構築に当たって慎重を期したのが消費電力の問題だ。昨今のスパコンは、消費電力が大きいため環境負荷の高さが課題になっている。NIFSが過去に運用していたスパコン「雷神」は、地政学的緊張の高まりに伴う電気料金の高騰によってシステムの一部を停止する事態に陥ったことから、電力効率が良いスパコンを要望したと藤堂氏は述べる。
NECは、システム構築後もサーバのパラメーター設定を調整するなどして、電力効率を高める工夫を凝らした。宮戸氏は「運用開始直後は冷却ファンの騒音が耐えられないほどでしたが、NECによる調整後はかなり落ち着きました」と笑う。こうしてスパコンの省エネ性能世界ランキング「Green500」(2025年11月版)において、プラズマシミュレータは日本首位に躍り出た。
プラズマシミュレータは完成したが、計算速度をもっと上げられる――NECの磯部洋子氏はこう見通す。「クセがあるシステムのため、試行錯誤しないと性能を引き出せません。構築時に気付いてチューニングした点もあり、一歩踏み込んだ対応が必要です」
Fortranで書かれたソースコードをGPU用に移植する取り組みも続いている。磯部氏は「コンパイラと格闘している」と話し、コンパイラを最適化するため、AMDのエンジニアと連携中だ。「NECのチューニング技術を生かし、コードの移植やシステムの安定稼働を支援してフュージョンエネルギーの発展に少しでも寄与できれば幸いです」
藤堂氏は「今はGPUの本当の性能を出し切れていません。サブシステムBをいかに活用するかが重要です」と話す。ソースコードの特性に応じて3つのサブシステムを使い分けているが、将来的に大規模シミュレーションの全てをAPUで行うことを目指すと矢木氏は掲げる。「AMD Instinct MI300Aでメモリ帯域が広くなった分は高速化できていますが、GPU計算に最適化することでさらなる性能を引き出せるとみています」(藤堂氏)
NECは効果的な使い方を利用者に伝えつつ、ジョブの投入方法を工夫するなどシステム面に磨きをかけている。NECの内川すずり氏は、QSTとNIFSによる共同調達という珍しい案件において両機関のニーズを満たせたと安堵(あんど)を示し、「HPCを導入するお客さまに、頼れるエンジニアと技術による総合力でのサポートをご提供します」と結ぶ。
核融合研究の進展とともに利用者の増加を見込んでおり、WebブラウザベースのWebUIを備えるなど使いやすさも重視している。QSTとNIFSが手を組み、NECの技術力が作り上げたプラズマシミュレータ。フュージョンエネルギーの実現に向けて研究者を支えるだろう。地上に“太陽”の光が輝く日が待ち遠しい。
プラズマシミュレータの稼働に当たって、日本AMDとインテルがメッセージを寄せた。本記事の最後に紹介する。
エネルギー問題と環境負荷への懸念が高まる中、世界の最も困難な課題解決に貢献するAMDのハイパフォーマンスコンピューティング(HPC)ソリューションで、核融合や量子科学技術研究による「究極のエネルギー」の実現に向けた研究をサポートできることをとても嬉しく思います。NEC様が構築された本プラズマシミュレーターは、性能と研究者の方々の使いやすさを両立するAMD Instinct™ MI300A アクセラレータの国内初採用となります。AMDは本システムのさらなる有効活用のための開発環境の充実とチューニングにも、継続的サポートに邁進して参ります。
――日本AMD ジョン・ロボトム(代表取締役社長)
インテルは、量研様および核融合研様におけるシステムの発展に向け、NEC様と協力できることを光栄に思います。最新のインテル® Xeon® 6900Pは、MRDIMM をサポートする最初のサーバー CPU であり、国内で初めてNEC様のシステムに採用され、メモリ パフォーマンスと帯域幅を飛躍的に向上させ、核融合研究に必要な複雑な計算やシミュレーションに最適な選択肢となります。
――インテル Ogi Brkic(セールス&マーケティング統括本部 副社長 兼 Go-to-Market Builders & Technology Acceleration Office 本部長)
※ 引用:NECのプレスリリース「NEC、量子科学技術研究開発機構および核融合科学研究所から次期スーパーコンピュータシステムを受注」(2024年11月13日)
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