「著作権保護期間、作家が選べるシステムを」――延長めぐる議論再び(2/2 ページ)
著作権保護期間を70年に伸ばすべきか否かについて考えるトークセッションが開かれた。延長派と延長反対派の溝は埋まらないが、一部で意見の一致も見えてきた。
三田さんは「財産権として今も機能しているコンテンツを持っている人はカバーし、古いコンテンツの作者などは裁定制度を利用してもらう」と答えたが、他2点についてははっきりした答えはなかった。
これと似た仕組みとして、林さんは、著作権の登録制度を提案する。作者自身が著作物を登録し、2次利用の形態や保護期間などを自由に決められる仕組みで、クリエイティブ・コモンズの考え方に近い。
「(著作権切れは)身を切られるようだ、と言う人もいるが、その人が書いた『宇宙戦艦ヤマト』は、吉田満の『戦艦大和ノ最期』にインスパイヤされたなかったのか、『銀河鉄道999』は、宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』にインセンティブされなかったのか」と佐野さん
ただ、こういった仕組みの実現には、原本の保証と、著作者と著作物の正確なひも付けが必要。厳格な電子認証からより簡易な認証まで、多様な著作物・著作者形態に応じた認証の仕組みを築く必要があるといい、実現へのハードルは高い。
佐野さんは「著作権に関する議論が上滑りしていて気持ち悪い。著作権業界内だけでなく、普通の人の視点で改めて考えるべき」との立場に立ち、「79万人すべてをカバーすることに意味はあるのか」と疑いの目を向けた。「著作者を探す苦労に見合うだけの生産的な何かがあるのか疑問。この議論は“著作権業界”の人にとっては火急だろうが、普通の人にとっては何の意味もない」(佐野さん)
津田さんは「延長派も、延長慎重派も、作品が広まる仕組み作りが必要、と考えている点では一致している」とし、柔軟に2次利用するための仕組みの実現は今後の検討課題だとした。
死後50年保つ作品は「例外」
作家が亡くなってから50年や70年も後になってまだ評価されている作品は、そう多くない。林さんによると、著作権の登録制度を採っている米国では、最初の登録の28年後、数ドルを払って登録を更新する仕組みになっているが、更新された著作物はわずか11%だったという。
「著作物には短命なものが多い。死後50年や70年残るのは、超例外的に長命。法律で例外処理まで一般化するのはまれ。例外は例外として処理すればいい」(林さん)
死後の2次利用という「例外処理」より、生前のクリエイター支援についてもっと議論すべきという意見も出た。
延長で創作意欲は「高まらない」
延長派は当初、延長が必要とする根拠として、保護期間が延びれば、孫の代まで著作物の2次利用料が入るため、クリエイターの創作意欲が高まることを主張してきた(関連記事参照)。だがこれに対しては反対意見が相次いだ。
佐野さんは「50年が70年になれば意欲が高まるという議論は、俗論中の俗論。創作者をバカにしている。著作権が守られるから書く、という作家は見たことがない」と切り捨てる。米国では、著作権保護期間の延長は、創作のインセンティブにはならない、という判例が出ていると林さんは言う。
賛成派の瀬尾さんは、インセンティブとはいかないまでも、クリエイターとして誇りを保つために、国際標準の70年に合わせることが必要という考えだ。「日本が世界と同じように、創作者を守るつもりがあるかということ。これは誇りの問題だ」(瀬尾さん)
著作者の意志を尊重し、著作物の同一性を守るために延長が必要という意見もある。「孫子のために財産を残したい、という訳ではない。これは著作物の人格権を守るための議論だ。例えば谷崎潤一郎の保護期間がもうすぐ切れる。切れてしまえば、谷崎の作品を書き換えてネットで発表するようなファンが出てくるだろう。もっとエロくしようとか、もっと暴力的にしようとか。文学はWikipediaではない。書き換えられては困る」(三田さん)
また三田さんは「著作権は私権。平均を採って考えるべきではない」とも主張。「孫子のために書いているという人がいるなら、その考え方も尊重するべきだろう」(三田さん)
こういった議論を受けて津田さんは「名誉を守ることと、対価を得ることをごっちゃにしているのでは。延長賛成派は著作権を個人の問題ととらえ、反対派は文化や公益性の問題と見ているように感じる」と指摘した。
一般ユーザーの創作は「垂れ流し」?
ブログやSNSの日記、掲示板など、一般ユーザーによるネット上の創作物も増え続けているが、これらはいわば「垂れ流し」で、プロが作ったコンテンツとは切り分けて考えるべき、とする意見も目立った。
「情報を垂れ流して、自由度が上がったからといって、みんなが幸せになれるのだろうか。ぼくには、編集者に何度原稿を出しても没にされる“苦節10年”の時期があった。編集者による“麦踏み”のようなものであり、それに耐えられない文化は弱い。著作権を守るということは、いいものを作ろうと努力してきた出版社やレコード会社の権利を守ることでもある」(三田さん)
佐野さんも「麦ふみの例はよく分かる」と同意する。「情報環境が変わり、“垂れ流し”の時代に入ってきた。多くの人が創作をしているが玉石混交で、石だらけ。編集者がいない環境で作品が出て行くことは不幸だと思うし、読まされる人も不幸だと思う」
著作権全体を考え直す時期
「50年か70年かという小さな議論だけでなく、デジタル時代の著作権のあり方を、もう一度考え直すべき」という意見も相次いだ。著作権の仕組みを根本から検討しなおしてシステム作りをしておけば、“著作権先進国”になれる、という考えだ。
「アナログ時代の所有権に対して、デジタル時代の著作権をどう設定するか。日本が世界に対して発信できれば、一歩先を行っている感のある欧米に逆転できるだろう」(林さん)
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