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著作権保護期間の延長、経済学的には「損」 「毒入りのケーキ」が再創造を阻む(1/2 ページ)

20年延びても収入は1〜2%しか増えない──経済学的な研究から、著作権保護期間の延長は「損」だとする研究結果。延長問題について定量的に調べた結果を、経済学者がシンポジウムで報告。

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 著作権保護期間を今より20年延長すると「損」なのか「得」なのか――。

 日本の著作権法では、著作権保護期間は著作者の死後50年だが、これを70年に延長しようという動きが権利者団体などから起きており、文化庁文化審議会著作権分科会の「過去の著作物の保護と利用に関する小委員会」でも延長の是非について議論が始まっている。

 延長賛成派が挙げる理由は「欧米は70年だからそれに合わせるべき」「保護期間が延びれば創作意欲が高まって文化が発展する」「50年は、制定当時の平均寿命から決まったもの。寿命が延びた今は70年に延ばすべき」――などだ。

 これに対して延長反対派は「保護期間が延びても現役世代の創作意欲は高まらない」「延長されればパブリックドメイン化するまでさらに20年待たなくてはならず、2次利用・2次創作を阻害して文化の発展にマイナス影響を与える」などと反論してきた。

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今回のシンポジウムは約5時間にわたる長丁場となった

 延長賛成派・反対派はこれまで、シンポジウムなどでお互いの意見をぶつけてきたが、議論は平行線をたどっており、さらに一歩進むためには、延長にメリットがあるかどうかを定量的に分析する必要がある、という意見が出ていた。

 「著作権保護期間の延長を考えるフォーラム」は10月12日、延長の影響について経済学的観点から研究した結果を持ち寄るシンポジウム「著作権保護期間延長の経済効果――事実が語るもの」を都内でを開催。発表された研究結果の多くが、「延長は経済学的に損」という結果を導き出した。

保護期間延長は「毒入りのケーキ」

 「保護期間延長論は、毒入りのケーキ」――朝日新聞「be」編集部の丹治吉順さんの意見は痛烈だ。「延長論者の一部は、保護期間が欧米より20年短いことで、日本の創作者のプライドが傷ついていると言う。彼らにとって延長はケーキのようにおいしそうに見えるかもしれないが、外見に惑わされているだけだ」

 丹治さんの研究「本の滅び方」(PDFへのリンク)は、長すぎる著作権保護期間が書籍の“死”をむしろ早めると結論付ける。

 研究では、今から41〜50年前に死没した著作者について、書籍の出版点数推移を調査した。彼らの著作物は、現行法のままだと今後10年間で著作権が切れていくが、今すぐに保護期間が延長されれば20〜30年後まで著作権が守られることになり、直近で保護期間延長の影響を最も大きく受けるといえる。

 調査の結果、死後に1冊でも書籍が出版される著作者は全体の50.1%とほぼ半数。「残りの半数にとっては、没後70年どころか、死後の保護期間そのものが意味をなさない」(丹治さん)。しかも没後の出版点数は極端な寡占状態。上位5%までの著作者が、没後出版数全体の75.1%を占めた。


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死後の出版は「極端な弱肉強食」

画像 著作権保護期間がまだ残っているが、全著書が絶版になっている著作者の例

 「著作者の死後は、売れるものだけが生き残る極端な弱肉強食」(丹治さん)。高名な著者でも、死後数十年経つと、保護期間が残っていても1冊も出版されていないことが多い。例えば、政治家の芦田均(1959年没)、元日銀総裁の渋沢敬三(1963年没)、プロレスラーの力道山(1963年没)などの著書は現在全て絶版だ。

画像 絶版書を「ネット出版」するコストは、紙の書籍として出版するコストと比べるとはるかに小さい

 絶版書は、以前はただ忘れ去られていくしかなかったが、ネットが状況を変えている。保護期間が切れてパブリックドメイン化すれば「青空文庫」のようなサイトにアップされ、新しい読者を獲得する可能性があるのだ。例えば、書籍では手に入りにくくなっている田中英光「オリンポスの果実」は、著作権保護期間が切れて青空文庫で公開され、昨年1年間だけで3835件のアクセスがあったという。

 「欧米で著作権保護期間が70年に延長されたのは、ネット時代以前。ネットを使ってコストほぼゼロでコンテンツを流通させられる今、『欧米が70年だから』と延長を強行することは、大局を見誤ることになりかねない」(丹治さん)

20年延長されても、収入は1〜2%しか増えない

 「保護期間の延長によって著作者が得る収入の増加は、1〜2%程度」――丹治さんの研究をベースに、保護期間が20年延長された場合、その20年間に出版される出版点数を推計し、著作者の収入がどれほど増えるか検討した、慶応義塾大学経済学部の田中辰雄准教授「書籍のライフサイクルの計量分析」(PDFへのリンク)の研究結果だ。

 たとえ20年延長されても収入への影響は、例えば印税に適用するなら、10%が10.1〜10.2%に増える程度に過ぎない。それでやる気になり、「もっと本を書こう」と思う著者はいるだろうか。「保護期間延長による創作への誘引効果は、低いと言わざるを得ない」(田中准教授)

「延長で映画の創作が増えた」という研究にも反論

 20年の延長が創造のインセンティブになったかどうかについて、保護期間がすでに70年となっている欧米でも研究がなされてきたが、その結果は大半が否定的。例えばジョージ・アカロフらノーベル賞受賞者を含む17人の経済学者が、米国の期間延長に対する違憲訴訟「エルドレッド事件」で提出した意見書によると、20年の延長による収益の増加は割引現在価値にして0.33%に過ぎず、創作の誘引効果にはならないと結論付けている。

 こういった研究で唯一、2006年にシンガポール大学から発表された論文(PngとWangによる)が「保護期間延長で創作物が増える」というプラスの結論を導き出した。OECD諸国の映画制作本数が、保護期間の延長によって10%程度増えたという。

 だが今回、田中准教授と慶応大学経済学部の中裕樹さんが同じデータを使い、より当てはまりのよい式や実態に近い式を用いて計算した研究「保護期間延長は映画創作を刺激したのか」(PDFへのリンク)によると、同論文が導いたプラス効果はほとんど検出できなかった。「保護期間延長が創作者の意欲を高めて映画制作本数が増加する――という根拠は、まだ得られていない」(中さん)

2次創作にもマイナス影響 「ホームズ」「ドラえもん」の例で

 「原著作物の著作権保護が優れたパロディを“お蔵入り”にする」――三菱UFJリサーチ&コンサルティング 芸術・文化政策センターの太下義之主任研究員は「これまで創作されたキャラククターのうち、最も多くのパロディが生み出されたはシャーロック・ホームズではないか」という考えのもと、「シャーロック・ホームズから考える再創造」(PDFへのリンク)を発表。ホームズのパロディや「ドラえもん最終回」などの例から2次創作を検討する。

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