「初音ミク」ができるまで:クリプトン・フューチャー・メディアに聞く(2)(2/2 ページ)
シンガーに断られ、専門紙に苦笑され、音にこだわるミュージシャンには見向きもされなかった。「初音ミク」、大ヒットまでの道のり。
旧来のDTMユーザーにも、アイドルやアニメが好きな人にも受け入れてもらえるようなニュートラルな絵柄はないか。仕事を募集しているイラストレーターのリンク集を片っ端からたどり、イメージに合うものを探した。KEIさんに決めたのは、「透明感のある作風に心奪われた」(佐々木さん)からだ。
東京に住むKEIさんに、札幌からメールでミクのイメージを伝え、ラフをメールで戻してもらってイラストを作っていく。その過程で何度も驚かされたという。
「最初のラフはセーラー服を着ていて、『セーラー服は、ないです』と。ツインテールの髪型にはびっくりした。ポニーテールにするか、という選択もあったんですが『こっちで、いいです……』と言ったり」(佐々木さん)
「ミクにDX7を」 ヤマハに長文メール
かわらしい女の子のイラストは、なかなかアンドロイドっぽくならない。「メカむきだしにするのも生々しいし……」――悩んでふとひらめいたのが、レトロなシンセサイザーをデザインに取り込むことだった。
「昔のキーボードは大きくて“所有感”があったが、バーチャルインストゥルメントにはそれがない。愛着を持ってもらうためには、レトロなデザインを引用するといいのではと考えた。DTMの第1世代の、(伊藤)社長ぐらいの方に『懐かしい』と思ってもらえれば」(佐々木さん)
MIDI対応の世界初のFM音源シンセとして歴史を塗り変えたヤマハの「DX7」(1983年発売)。伊藤社長の愛機でもあった、高音のキラキラした音が得意なこの名機を、高音が美しいミクのデザインに取り入れたい。思いを伝える長文メールをヤマハに送った。「ダメだろうなと思ったら、OKで」(佐々木さん)
明かりを落とすと光るよう、ヘッドセットと服の腕の部分に、赤と緑のライトをつけた。「昔のシンセサイザーはぴかぴか光って、電気を消すとイルミネーションみたいになる。DTMが好きな人はそういうのが好きなはずだから、光る部分を入れてもらった。明かりが落ちたらパネルが見えるとベスト」
「第1回の録音から帰ってきました」「データベース化が50%終了しました」――ブログで開発過程を公開し、読者とコメントのやりとりもした。バーチャルインストゥルメントはニッチな市場。作り手の思いを伝えながら、ユーザーと一緒に作っていこう。そんな試みだった。
「鏡音リン・レン」――声優にしかできないボーカロイドを作ってみたかった
第2弾「鏡音リン・レン」も、ミクと並行して企画を進めていた。ミクの「かわいい声」に対して「張りのある声」「力強い声」を入れ、“声の楽器”として多様性を持たせる。そんなコンセプトに、下田麻美さんの声がぴったりだった。当時「ニコニコ動画」で下田さんの歌が流行していることも知っていたが、選んだ理由はあくまで声だ。
リンは14歳で思春期まっただ中。「恋愛直前の中性的なエネルギーがあり、大人になってもあのころがよかった、と言われるような思い入れの強い時期」(佐々木さん)を選んだ。「鏡に映った二つの姿」として、男の子「レン」も一人二役で演じてもらった。声を演じ分けられる声優ならではのボーカロイドを、作ってみたかった。
「2人分を入れるのはちょっと無茶だと思ってた」(佐々木さん)が、ミクがヒットしたことで、やりやすくなったという。
一笑に付されるが……
“萌え”キャラ要素を持った「初音ミク」は、業界からは黙殺された。「DTM業界で最も権威のある雑誌の担当者にファーストインプレッションで苦笑され『紹介はできませんね』と断られた」(佐々木さん)
社内にも反対派がいたし「絵をブログに載せたとき」は、「一気に秋葉原な気分で購入しにくい」というコメントももらった。
それでも自信はあった。音質の高さ、オシレーターとしての面白さと、16歳・バーチャルアイドルというキャラ設定。「MEIKOよりはいくだろうな」(伊藤社長)という予感があった。
8月31日。初音ミク発売直後から、予想をはるかに超える反響が押し寄せてきた。ミクという“現象”はDTM業界をはみ出し、大きなうねりを起こしていく。
(→初音ミクが開く“創造の扉”に続く)
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