初音ミクが開く“創造の扉”:クリプトン・フューチャー・メディアに聞く(3)(2/2 ページ)
初音ミクで花開いた創造は、まさに「奇跡」だった。奇跡を探り当てたクリプトンは、迷いながらも手探りで、創造の扉を広げていく。
個人の作品をさらに羽ばたかせるために、安心して持ち寄り、利用しあい、「ありがとう」と言える場を。昨年12月3日に公開した投稿サイト「ピアプロ」は、そんな思いが生んだ「創作の実験場」だ。
もうけてる所に「貢献しよう」という気にはなれないから
作品のコラボレーションが目的だから、投稿できるのは2次利用可能な作品限定。権利上のトラブルを避けるため、まずは自社で権利を持つ「初音ミク」「鏡音リン・レン」などボーカロイドのイラストや楽曲に限定した。
ライセンスはクリエイティブ・コモンズ(CC)と互換性を持たせ、「氏名表示が必要か」「改変OKか」をそれぞれ選んで投稿。作品を利用した際にはコメント欄にお礼を書き入れる。
ピアプロは「peer production」の略で、一般的には「集合知」と訳される。「ネットに点在する複数の人(peer)が自律・自発的につながって何かを創造する」(伊藤社長)場にしたいという。
「ピアプロ自体もpeer productionで作りたい」(伊藤社長)――初期版の開発期間はわずか2週間。ラフな仕様で公開し、ユーザーの要望を聞きながら改善することで、ユーザーにとって使いやすい場所を目指している。
会員数は約5万人。2月23日までの投稿数は、イラストが約1万7000件、音楽が約2500件、歌詞が約1700件。だが収益はゼロで、広告を載せる気もない。「もうけている場に貢献したいとは、ユーザーさんも思わないだろうから。頑張れるところまで頑張りたい」(伊藤社長)
ユーザーが動き、ユーザーが創る
そしてユーザーは動き始めた。掲示板には「質問スレッド」や「コラボレーションスレッド」が立ち、創作の疑問に答えあったり、コラボ相手を探して作品を作る。掲示板だけでは足りないと、自分の作品の投稿欄を開放し、コラボ募集中の人を見つけてはURLを貼り付け、情報共有を助ける人もいる。
自律的なコラボレーションは、ピアプロの外でも活発だ。2ちゃんねるのDTM板から派生した「ボカロ互助会」。作詞、作曲、アレンジ……それぞれが才能と興味を持ち寄り、掲示板で打ち合わせ、教えあいながら作品を作り、発表していく。初音ミクとインターネットが、1人1人の才能や力を引き合わせる。
同人文化の衝撃と戸惑い
同人誌や同人ゲーム、同人フィギュア、コスプレ――インターネットの外でも、創作は起きている。初音ミクなどボーカロイドを使った同人作品限定のイベント「ボーカロイドオンリーイベント」が全国で何度も開かれ、3月には台湾でも行われる。
“音専門”だった同社が、初音ミクを通じて思いがけず出会った、音楽以外の同人創作文化。その豊かさに驚き、応援していきたいと思いながらも、心を痛めたり迷ったり、とまどうこともある。
例えばミクを使った18禁コンテンツの扱い。ミクが“脱いで”いる絵を入れた抱き枕や、ひわいな歌詞の楽曲、同人誌などは規約違反で認める訳にはいかない。「初音ミクが好きな小学生や幼稚園のお子さんが、Webでミクをたどってエロ同人に行き当たったりすると……」(佐々木さん)
フィギュアの祭典「ワンダーフェスティバル 2008」(2月24日開催)では、「ミクの2次創作フィギュア出展審査基準が厳しすぎる」と個人クリエイターから悲鳴が上がった。「創作申請があまりに大量で、多少辛く評価した側面はあった。そこまで厳しい条件になっていたとは気付かず、ユーザーさんには悪いことをした」(伊藤社長)
何もかもが初めての経験。失敗を重ねながら、ユーザーの声に耳を傾けながら、少しずつ改善していくしかない。
規約で禁止していた同人ゲームも、ユーザーの要望を受けて解禁した。最大限の自由と最低限の秩序を。2次創作の最高のバランスを、手探りしていく。
ミクという扉
初音ミク人気は、キャラクタービジネスも引き寄せた。ミクのアニメ化やゲーム化、フィギュア販売など、津波のように押し寄せる提案。OKを出せばそれだけでもかなり稼げるはずだが――
「権利ガチガチで固めて既存ビジネスに乗ることは、よっぽど経営が危なくならない限り考えない。ビジネスチャンスは相当捨ててると思うが、もうけに走るとやりたいこともできなくなる」(伊藤社長)
安易なキャラビジネスはミクの寿命を縮め、ユーザーのやる気をそぎ、せっかく盛り上がっている創作文化に水を差す。「2次創作物を集めて売るのも一時的なビジネスにしか見えない。一時的なものを一生懸命やっても、“祭り”が終わったら終わる」
アマチュアの創作文化を育て、実った豊かさを分け合うようなビジネスができないか。何かを奪ったり、何かの一部を徴収するのではなく、一緒に育てて収穫し、みんなで幸せになれるようなあり方はないか。一方的に押しつけたり上から何かを仕掛けるのではなく、ユーザーが望む方向を慎重にくみとり、一緒に歩いて行きたいという。
「ミクは個人の創造性や才能を発表する扉のような存在。その扉を大きくすること、扉を通じて多くの創造力を発揮しやすくすることが、当社の役割だと思っている」(伊藤社長)
(第4回「JASRACモデルの限界を超えて――「初音ミク」という“創作の実験”」に続く)
クリプトン・フューチャー・メディアに聞く バックナンバー
(1)「音の同人だった」――「初音ミク」生んだクリプトンの軌跡
(2)「初音ミク」ができるまで
(4)JASRACモデルの限界を超えて――「初音ミク」という“創作の実験”
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