「ニコニコ動画で、出口が見付かった」 絵描き兼開発者・24歳:ITは、いま(2/2 ページ)
1人で描いていた。誰にも見せず、ただHDDに貯めていた。ある時ふと「ニコニコ動画」で公開した。コメントが付き、人気動画になり、絵本のオファーが来た。「描くときの気持ちは何も変わらない。でもニコニコ動画に投稿して、出口が見付かった」
小さいころから、漫画やアニメのキャラクターは描いたことがない。見るよりも作る方が好き。絵を見ると描きたくなってしまうから、他人の絵もあまり見ない。「オリジナルでないと面白くないし、その人がやる意味がない」
ニコニコ動画に投稿しようと思ったのは、友人の結婚式のビデオを作ったのがきっかけだ。Macにプリインストールされていた「iMovie」で、驚くほど簡単に動画を作れると知った。「自分も動画の作り手側に、回れると思った」
1枚の絵を描く過程をまるまる動画キャプチャして高速再生。「描いてみた」として投稿した。2次創作でもアニメ風でもない独自の絵柄。ニコニコ動画は、アニメっぽい絵でないと歓迎されないかと思っていたが、結果は違った。
「『空気読め』とでも言われるかと思ったけれどそうでもなくて、意外にも優しいコメントが付いた。たくさんの人が集まっているから、この絵がいいと思ってくれる人もいる。アニメやゲームは苦手で、今まで避けてきた分野だったけれど、ここなら一緒に楽しんでもらえる」
ニコニコ動画で絵を公開するのは、フリーソフトをVectorで公開するのと全く同じ感覚だった。だが、反響の大きさはけた違い。Vectorは、1000ダウンロードで1〜2人からメールが来る程度だが、ニコニコ動画は公開してから5分10分でコメントが付く。「新鮮で、面白かった」
初音ミクは、絵描きにとってのPhotoshopと同じようなものになるかな
完成した「親指姫」。ペンタブレットを使い始めたのは2年前。もらい物のA4「FAVO」が愛機だ。下描きだけは手で描き、スキャナで取り込む。スキャナは「LiED40」(キヤノン)で7000円ぐらいだったという。「正直写りさえすればいいと思ってます」。マシンは20インチのiMacで、CPUはCore 2 Duo/2.16GHz
ニコニコ動画で起きていた「初音ミク」ブームは、遠くから眺めていた。「絵を描く自分のような人間と、音を作る人は、別コミュニティーだと思っていた」
音楽ソフトについてはよく知らなかったが、プロ向けのソフトがほとんどだと思っていた。Painterのような、プロもアマも使うすそ野の広いツールはあまりないのだろう、という印象があった。
だが初音ミクは違う気がした。「初音ミクは、絵描きがPhotoshopやPainterを使うのと同じようなものになるのかな、と」。ミクというツールを使い、独自の音楽世界を作り出すアマチュアが、出てくるだろうと思った。
その通りになった。
誰にも取られたくない
昨年10月のある金曜日、「子猫のパヤパヤ」という優しい楽曲を見付けた。初音ミクが歌っていたが、それ以上のものだった。
「子猫のパヤパヤは 真っ白な猫で 左目が青くて右目が緑 お刺身についてる 大根が好きで 今日もむしゃむしゃと食べていたよ」
テンポ、ノリ、詞――曲の世界すべてが気に入った。初音ミクブームより前に作られた曲だと、すぐに分かった。ミクのキャラクターに依存しない、独自の世界を強く感じた。「やっと“ミクじゃない”のが来た」
この歌に参加したかった。この歌の一部を、自分のものにしたかった。絵を付けようと思った。歌に絵を付けるなんて、それまで考えたこともなかったから、自分でもびっくりした。
歌の背景には、作詞作曲者の「ワンカップP」が描いた「初音ミク」と「MEIKO」のイラストが付いていた。「これを描かないとダメかな」と思い、何度もトレースして週末じゅう練習したが「絶対違う」と思った。ミクの絵では、イメージが続かない。詞の世界を、自分の絵で表現したかった。
どんな絵にしようか。週明けから作戦を立て、金曜日の夜から眠らずぶっ通しで20時間、20枚を一気に描いた。20枚のウィンドウを1画面上並べ、下絵を描き、下塗りをし――並行して描いた。途中で切れたらダメだと思って一気に。それまで10時間かけて1枚描くという描き方が普通だったが、「誰にも取られたくない」という一心だった。
許可取らなきゃ、まずいかな
「許可取らなきゃまずいかな」。描き上げ、ニコニコ動画にアップする直前にふと気付き、mixiでワンカップPを探し当ててメッセージを送った。睡眠不足のもうろうとした頭で、パヤパヤのすばらしさを熱く語ったが、返事はそっけなかった。「いま携帯から見てるから動画は確認できない。勝手にアップして」
“勝手に”アップした動画は2万回以上再生され、「かわいい」「癒される」「『みんなの歌』みたい」などとコメントで賞賛された。ワンカップPからも、「すばらしい動画をありがとう」と熱い感謝のメッセージが届いた。動画は新聞でも紹介され、編集者から声がかかり、絵本になることが決まった。
「自分の曲にも動画を付けてほしい」というオファーをもらい、「おやすみの歌」(OSTER Project作詞作曲)の絵も付けた。B0サイズの大きな絵や、CDのジャケット絵の依頼も受けた。たくさんの人と交流し、いろんな絵を描いた。イラストSNS「pixiv」にも参加した。
「ゆきP」という名で親しまれ、ファンもできた。mixiのプロフィール画像に、ゆきさんの絵を使っている人もいる。
「自分の絵が、誰かにとって特別な存在になるなんて、考えてもみなかった」
出口が見付かった
ニコニコ動画以前も以降も、絵を描く時の気持ちは、全く変わらない。変わったのは絵を描くきっかけ、絵の「入り口」と、絵を出す先――絵の「出口」だけ。ほんのちょっとの変化だという。
「それまでは、自分の中にあるものをただ描くだけだったが、その逆のこと――自分の絵を素材として使ってもらうことができると知った。絵が自分の手から離れた後どうなるかが、変わってきた。ニコニコ動画で、出口が見付かった」
絵を描いてお金をもらうことも増えたが、絵でもうけたいとも、お金が報酬だとも思わない。「食べていけるお金さえあればいい。今、たまたま衣食足りているから、そう言っているだけだけれど」
ゆきさんにとっての報酬は「自分にとって、面白いこと」。「作っていて面白いとか、新しい人に会って面白いとか、自分が作ったものが気に入ってもらえることも含めて」
絵描きとしての目標やゴールも、特にないという。前からなかったし、これからも。
「強いて言えば昔は、『みんなの歌』のような動画や絵本を作ることは、名の売れた人しかできないから『すごいな』と思っていたけど、やってみたらできちゃったし、やってみたからといって、描くことの芯の部分は変わらなかった」
「そう考えたら別に、ゴールは決めなくてもいいのかなと。この先、絵の仕事をする機会が1度もなかったとしても、絵は描いているだろうから」
――あなたにとって、ITとは
「答えは2つあって、1つは、物の作り手としては、純粋にツールでしかない。たまたま紙とペンよりちょっと便利なもの」
「もう1つは、何か出口を作ったり、新しい入り口を作ったりするもの。ニコニコ動画には、今まで自分だけで作っていた、絶対世に出ていなかったものが投稿されている。しかも、そこで出て終わりじゃなくて、それがまた、入り口になる」
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