第3章-1 子どもはなぜ巨大ロボットが好きなのか ポスト「マジンガーZ」と非記号的知能:人とロボットの秘密(3/3 ページ)
子どもはなぜ巨大ロボットが好きなのか。「マジンガーZ」はなぜヒットしたのか。巨大ロボが日本の子どもたちの想像力を育んだ。
マシンの課題、人の課題
横山光輝氏が『鉄人28号』の漫画連載をはじめた1956年、海の向こうのアメリカのダートマス大学では、数学、心理学、工学や言語学などさまざまな背景を持つ科学者たちが集まり、人工知能に関する研究成果を発表する会議を行った。人工知能の開発史上「ダートマス会議」として知られる会議である。
情報工学から認知心理学まで、多岐にわたる分野で研究を行っていたアレン・ニューウェルとハーバート・サイモンが、数学の定理を証明してみせる初の人工知能、「ロジック・セオリスト」を発表したのもこの会議だった。
「思考は、人間の脳髄以外でも可能である。人間が思考する過程で行われる記号の操作を模倣することで、機械も思考することができる」という信念を共有するこの会議の参加者たちにとって、思考機械の実現は可能性の問題ではなかった。実現は10年後か、20年後になるのか、「いつできるか」という時間の問題でしかなかったのである。
しかし彼らは、ほどなく壁にぶつかる。彼らのつくった大学の入学試験レベルの問題を解いてみせる高度なプログラムが、一方では、人間ならば誰でも、小さい子どもでも解けるような問題については解答できなかったのだ。
初期の人工知能研究では、人間が記号を駆使して行う論理の操作をプログラムで再現すれば、機械で思考をシミュレートできると考えられていた。こうしたアプローチは、1970年代に入って開発されたエキスパートシステムのような成果を達成する。エキスパートシステムとは、たとえば「この血糖値で、この血圧で、食欲不振という症状が現れていれば、その病名はなにか」といった課題について、普通の人間以上の正確さで回答することが可能なプログラムだった。
しかしその一方で、たとえば「この映像にうつっているものはなにか」という、人間ならば誰でも反応できる簡単な問いかけの前に、人工知能は立ちつくしてしまったのである。
これは50年前に、アメリカの人工知能研究の大家、マーヴィン・ミンスキーが夏休みの宿題として学生に出した課題だ。最初は学生が夏休みの間に解決できる問題だと考えられていたのだが、これがなんと現代にいたるまで解決しがたい難問として残ってしまったのである。
この問題を解決するためには、映像に山が写っていたら山を判定するプログラム、りんごが写っていたらりんごを判定するプログラムを持たなければならない。そうすると人工知能は、森羅万象、すべてについて知識を持たなければならなくなるのだ。まさにそうしたアプローチも人工知能研究では行われたのだが、これはうまくいかなかった。その一方で生物は、そのような膨大な知識を持たずとも物理空間で、複雑な動作をこなしている。
こうしたところから「記号論理の操作を機械でシミュレートすればいい」という、初期人工知能研究のアプローチに疑問が持たれるようになっていった。
かつてアメリカの記号論理学者、パースは「わたしとは記号である」と述べた。我々は言語という記号を使わずに思考することができない。それゆえに実感としては「まったくそのとおりで、わたしという意識は記号でできている」と感じるこの言葉も、人工知能の研究の結果を振り返ると、意外なことに違うらしい。つまり「わたしとは記号ではない」。
もっとも複雑なコンピューターを駆使しても、魚や昆虫のような単純な生物の行動でさえも再現できないのがその根拠である。世界とは記号では語りつくせない。
アメリカの発明家、レイ・カーツワイルのように、半導体の集積度は18ヵ月で倍になるというゴードン・ムーアの法則を引き合いに出し、そう遠くない未来に思考する機械が実現すると、現在でも楽観論を説く人もいる。
しかし20世紀の中頃にくらべて、現代のコンピューターの演算速度ははるかに速くなったが、かつての課題は今も解決できていない。
たとえばショウジョウバエのような単純な生物が障害物をかわしながら飛行する動作を、地球シミュレータのような超高速のスーパーコンピューターでもシミュレートできずにいるのである。おそらく生物は、コンピューターが扱う記号論理とはまったく異なる仕組みで動いているようであり、演算速度が増加したからといって知能が実現するわけではないようである。
だから「記号論理の操作というアプローチでは、実は限界があるのではないか」とデジタルヒューマン研究センターの中田亨博士は指摘する。この章では中田博士の研究を通して、実感としては「わたし」のすべてである言語記号による思考が、実は「わたし」のごく一部分なのかもしれないという領域に踏み込んでいく。
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