Web、はてな、将棋への思い 梅田望夫さんに聞く(後編)(3/3 ページ)
Webも将棋も、最先端・最高峰を見せてくれる点が好きなのだと梅田さんは話す。はてなの米国行きは「難しいと分かっていた」が、近藤社長への期待は揺るがない。
ずっと何かを待っていた それがたまたま将棋だった
僕はずっと何かを待ってたんだよね。僕は、非常に個人的な人間でしょ。昔から、自分の人生に、何か予期できないすばらしいことが起こったときに、すぐ飛び付ける体勢を作ってきた。そうしないと、「これは生涯の時だな」というのが目の前に通り過ぎるかもしれないじゃない。
利害相反みたいなのができる限りないようなポジションに自分を置きながら暮らしていないと、目の前に何かすばらしいものが出てきたときに飛び付けないというのがあるよね。
僕は、会社勤めをしていないし、自分の会社も大きくはしていないから、面白いことが起きたら全部飛び付ける。もし会社を大きくしたら、社員を養うことをファーストプライオリティにしながら生きて行かなくてはいけない。パリに将棋の観戦記を書きに行く機会が目の前に訪れても、それに飛び付くことができないじゃない(梅田さんは08年10月、フランス・パリで行われた第21期竜王戦のリアルタイム観戦記を執筆した)。
今回は、たまたま将棋だったけれど、それは野球だったかもしれない。例えばイチローに会えていたとして、彼に「自分の試合を全部見て下さいよ」と言われたら、僕は行ったかもしれないわけだよね。
僕にとっては、はてなの取締役になったこともそういうことの1つだよね。近藤に会った時、僕自身が日本の大企業の社員だったら、いきなり取締役になるなんてできないよね。
もし近藤が僕の予言を裏切って、アメリカで何かとてつもないことをし始めていたとすれば、僕は(経営する)ミューズ・アソシエイツという会社をたたんで、フルタイムでアメリカでコミットしていたかもしれない。そういうことがいつもできるようにしているんですよ。ミューズという会社の契約形態も、マックス1年間で会社を閉じられるようにしてあるんですよ。
“飛び付く”ために、休暇を取った
そういうことが、人生の醍醐味だと思っているから。それなりにビジネスやってきて自分で稼いできたのは、そういうことをやるため。自分の目の前に、何か大切なものが通り過ぎていった時、必ず飛び付けるというのが僕の人生のファーストプライオリティ。
ウェブ進化論以降2年半というのは飛び付けなかった。フラストレーションがたまっていくんだよね。梅田望夫はこういう(最先端・最高峰を愛する)人間であるということがものすごくはっきりしてくる中で。
ビジネスの観点とかお金の観点で言えば、その役割(Webを語るという役割)モデルを果たし続ける方が合理的なのかもしれない。でも、僕自身のプライオリティは全然そんなところにないから、サバティカル(長期研究休暇)を取って、ようやく目の前にあるものに飛び付ける体制に持って行った。
そうしたら目の前に佐藤さん(佐藤康光棋聖)が現れ羽生さんが現れ、新潟に(観戦記を書きに)行き、パリに行き、ということがあって、この本が生まれた。
将棋への愛、リアルタイム観戦記で証明
僕がなぜ将棋の世界でこんな本を書けて、「将棋の世界を変える」といったことを言ってもらえるかというと、「リアルタイムWeb観戦記」という場があったからなんだよね。
僕は将棋を愛し続けてきたんですよ、子どもの時から。将棋指すことは強くないけど見ることへの情熱には自信があったんだ。だけどそんなことを何の実績のない人間が言うことってできないじゃない。
佐藤さんから「Webで将棋観戦記を書いてみませんか?」と言われたから、ベストを尽くして書いてみようと思ったんです。リアルタイムというのは自分の実力をいきなり証明することができるじゃない。リアルタイムってすごく、いろんな人に可能性を広げてくれるんだよね。
現代将棋を誰も構造化していない。羽生善治というとてつもない人間を「こういう人」とすくい上げることを、誰もしていない。僕は縁があってそういう世界に飛び付かせてもらい、そこへ出かけてそれをやらせてもらったというのが、今回の本なんです。
今後のWebとの関係は
――今後梅田さんは、Webコンサルタントとか、Webについて語る識者のようなポジションを取ることは、もうないのでしょうか。
僕自身、自分を評論家だとはあまり思ったことがないんですよね。ウェブ進化論を書いたからそう思われているかもしれないんですけど。
最先端の場所に出かけていって、そこで起こっていることを構造化して、仮説を提示するということを、本業(経営コンサルティング)でもやっていたし、ウェブ進化論でもやった、ということに過ぎないんだよね。ウェブ進化論を書く前に、はてなという会社に飛び込んだのも、「ここで起こっていることはひょっとしたら新しいのかもしれない」と思ったから、自分から飛び込んだ。
僕は学者ではないから、全体を俯瞰(ふかん)して、はてな以外の会社も全部調べた上でWeb評論するということは、やっていないんだよね。
評論家と言われるけれど、「評論はもともとしていなかったかな」という気持ちがある。(僕の本は)エッセイみたいなものじゃない、ある意味で言えば。「非常に個人的なものを書いている」という気持ちがあるんだよね。僕は文学を書いているという風に思っている人もまれにいるわけですよ。そういうフレーバーを感じる人もいる。
ウェブ進化論のような本については、書かない確率がかなり高いのではないかとは予感しているけど、よく分かりません。ただ、続編や本当の意味での完結編は、僕よりもうんと若い人が書くべきだ、とも公言してきたから。
Webというのは、僕自身がこれからも、最先端の「炭坑のカナリア」的な人体実験を繰り返す上で素晴らしい道具なので、相変わらずWebをモチーフにしたものを書くとは思うけれど、それが評論と言えるものになるかどうかは、よく分からないですね。
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