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「この作品が売れたのはオレ様のおかげ」? 出版社の著作隣接権は「誰得」なのか(1/4 ページ)

出版社にもレコード会社の「原盤権」のような著作隣接権を与えるべきだという議論があわただしくなってきている。それで一体誰が得をするのか、創作の世界を大きく変える可能性もあるこの問題について、出版の現場に詳しい作家の堀田純司氏に寄稿してもらった。

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出版社にもレコード会社の「原盤権」のような著作隣接権を与えるべきだ──という議論があわただしい。大手出版社や作家、超党派の国会議員が「出版物原盤権」という権利の創設を目指すことで合意したと伝えられる一方、日本漫画家協会は「否定的にならざるを得ない」と懸念する声明を発表した

それで誰が得をするのか。出版の現場に詳しく、作家発の電子書籍「AiR」なども手がける作家の堀田純司氏に現場の視点から寄稿してもらった。(編集部)


作家と編集の駆け引きと信頼

 版面権、原盤権など様々に呼び名を変えながら、現在、出版の世界に新たな権利を認めようとする議論が話題になっています。しかし私は、こうした制度はこの分野を支えているデリケートなバランスを壊し、市場原理主義というパンドラの箱を開けてしまうだけの「誰も得しない制度」になるだけ。現場の人たちでこれを本気で考えている人は少ないのではないかと思っています。

 「みんながこの問題を考えてるにあたって、なにかの材料になれば」と思い、以下をしたためました。

 もしかして世の中には「きちんと契約を結び、権利を制度化して進めるやり方のほうが偉い」という誤解があるかもしれません。確かにこれはアメリカンであり、グローバルであり、進んだやり方に見えます。しかし暗黙の了解、「なあなあ」で物事をこなす風土は、実はこちらのほうがより高度で繊細な文化なのです。なぜなら「なあなあ」の風土はそこに信頼がないと機能せず、この信頼を結ぶためには細密な芸(アルテ)が必要とされるのですから。そして出版の世界は、こうした「信頼」をめぐるデリケートでスリリングな関係を基盤にして成り立っています。

 かつて私は、あるベテランの大流行作家がこう言っているのを聴いたことがありました。

 「編集者は態度はS、心はMであってほしい」と。

 私はこれを聴いて「さすがだなー、深いなー」と思ったものでした。編集者がSだとこちらがきつい。できれば締切が大幅に遅れても、そこに編集の醍醐味を感じてくれたり、本がぜんぜん売れなくても笑って受け止められるだけの“ドMなメンタル”の持ち主であってほしい。しかし「態度までM」であっては、仕事が進まない。確かに。なるほどさすがに深いと思ったものでした。

 巨額のビジネスなどはシビアかもしれないが、そのやりとりは実は単純なパワーゲーム。編集と作家のやりとりのほうがよほど複雑で、これほどスリリングな駆引きは人間社会に他にないと思うときがあります。

 しかし、この分野が「ついこの間まで(てか今でも?)本の刊行さえ出版契約書を交わさずにやってきました」と聞かされると「なんて古臭いんだ」と呆れる方もいらっしゃるかもしれません。ですがそうではなく「むしろそれでやってこられた」という伝統の深みにこそ、目を向けていただきたいと思うのです。

 なにしろ、それで通用するためには、きのうきょうでは生まれることのない「信頼の土壌」が必要とされるのですから。

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