「サンクチュアリとしての初音ミク」 ミクと駆け抜けた5年、開発元・クリプトンに聞く:初音ミク5周年(1)(2/2 ページ)
初音ミクと駆け抜けた5年は、「まるでマインスイーパーだった」。ミクの周りに生まれた創作文化をどう守り、育てるか。試行錯誤は続いている。
「ミクが誕生した直後は、『聞いてほしい、認めてほしい』など社会的欲求がモチベーションの中心だったが、企業が入ることで『お金にならないのはおかしい』という従来の音楽ビジネスの主張が大きくなってきた。そうなると、本来のピュアな曲が目立ちづらくなってきた。対価を得るのはダメではないが、それは結果であって、目的になったとたん従来と変わらなくなってしまう」(伊藤社長)
メジャーレーベルと契約し、曲と歌詞をJASRACに信託するといった既存のビジネスモデルに乗るクリエイターも増えてきた。一方、同社のKARENTなど、権利の一部を作家に残したまま楽曲を販売できるレーベルも増加。権利を固めて守り、複製のたびに対価を得るという旧来のコンテンツビジネスが崩れつつある中、クリエイターが自由に音楽を流通させながら、“収穫”としての対価を得ることはできるのか。明確な答えは出ていない。
「メジャーレーベルが転げ落ち、アーティストを育てられなくなってている中、ボカロPがメジャーでリリースして大丈夫かな? と心配することもある」と、佐々木さんは、複雑な胸の内を打ち明ける。「音楽とビジネスがつながり、広がった事例を90年代にたくさん見てきた。それが素晴らしいとは思わないが、そのお金がなければミュージシャンが食べていけない。お金がまわる状況があるというのは、音楽にとっては、ある程度必要なことなのかなとも考えたりする。すごく悩ましいが……」(佐々木さん)
北海道の中小企業の同社がそこまで考えるのは「余計なことかもしれないし、お門違いな部分もあると思う」(佐々木さん)。だがこの5年で、状況は様変わりした。「どこもお金が回らなくなっていって、『いま本当に厳しく、突破口を探していて、ボカロにはその可能性を感じる』と言われたりする。われわれが変わったというより、ほかのものがなくなっていっている」(佐々木さん)
ChromeのCMがきっかけでミクの知名度が高まり、最近はメジャーレーベルの上層部からも、同社に声がかかるようになったという。創作文化の理解度は人によってさまざまだが、旧来のメジャーシーンにミクを乗せようと目論む人もいるという。「事前にPRプランが決まってて、音楽番組に持ち込もうとか、アイドルとタイアップでグラビアを飾ろうとか、そういう仕込みはうんざり。ニコニコ動画に曲を投稿して評価を受けるなど、ファンの方々のジャッジを通さないでポーンと上のほうに上がってしまうのは避けたい」(佐々木さん)
メジャー化は「いったん通る道」
当初の初音ミクは、DTMブームを知る30代以上の男性や、ミクというキャラクターに注目していたオタク層を中心にヒット。作り手はニコ動に曲や動画をアップし、聴き手はコメントや「弾幕」で盛り上げ、イラストを描いたりアニメを作ったりし、作り手と聴き手が渾然一体となってブームを盛り上げていた。作り手に敬意を込めて「P」(プロデューサー)という称号を贈ったのも聴き手側。作り手と聴き手は対等で、お互いを刺激しあっていた。
5年のうちに様相は変わった。人気のPはメジャーデビューして何万枚もCDを売り、プロミュージシャンが話題作りのためにあえてボカロを使うケースも増えた。ボカロ曲を売り出すため、人気の歌い手に音源を配り、ニコニコ動画に「歌ってみた」動画を投稿してもらって話題を盛り上げるなど、“マーケティング”的な動きもあるようだ。プロやセミプロの参入で曲や動画のクオリティーが上がり、新規参入がしづらい雰囲気にもなっている。
聴き手も変わった。ニコニコ動画の低年齢化などの影響で、ボカロ曲の聴き手の8割方が10代の女の子に。クリエイターとファンの関係は対等というより、人気のメジャーアーティストと一般のファンの関係に近くなってきた。
メジャーシーンの縮小再生産は、同社がミクを通して目指していた「誰もが作り手になる世界」とは異なり、90年代音楽ビジネスの焼き直しに近いが、「いったんは通る道で、仕方がないこと」(伊藤社長)と冷静にとらえている。「今は過渡期で、中途半端な時期。ここからさらに、2、3段階整備していかないと、初音ミクが本当に好きだった人たちが思い描いたミクが、世の中のビジネスやサービスとリンクしたりしないだろう」(佐々木さん)
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