「使えば増える」初音ミクと、「お金が王様」の時代の終わり:初音ミク5周年(3)最終回(2/2 ページ)
誰でも自由に使える初音ミクは、旧来の音楽・キャラビジネスと真逆のモデルで成長してきた。クリプトンの伊藤社長は、ミクのような「使えば増える」存在が、次の時代を築くと予見する。
情報革命を通じ、通貨に代わる価値の媒体として「ウッフィー」のようなものが現れるのではと、伊藤社長は考えている。ウッフィーは、書籍「ツイッターノミクス」(文芸春秋刊)で広く知られるようになった概念で、ネットで行った発言や投稿により人々から受ける評判や信頼、共感、感謝などを示す。みんなが共感する利他的な行動を通じてウッフィーが増え、恣意的だったり利己的な行動では減ると考えられている。
ウッフィーはお金と逆の性質を持つ。「お金は使うと減り、使わないと減らない。つまり貯蓄できる。しかしウッフィーは真逆で、使うと増え、使わないと減り、貯めておけない」。例えば、今困っている人に親切にすると、相手は喜び、自分への評価(ウッフィー)も増える。人に施せば施すほど周りからの自分への評判(ウッフィー)は高まる。ただいったん得た評判(ウッフィー)はだんだん忘れ去られていき、貯めておくことはできない。
“ウッフィー経済”の兆候は、ネットに現れ始めている。例えばTwitter。Twitterで人に役に立つ情報を発信すると、たくさんRTされ、フォロワーが増え、発信者の信頼が高まる。知識や経験を貯めこまず、気前よく発信することで、評価が増幅していく。Facebookの投稿に「いいね!」を付けることで、投稿者した人に共感が伝わる。
初音ミクも、ウッフィーの媒介と言えるかもしれない。クリエイターがミクを使って自分自身を表現し、ネットに公開すると、共感や賞賛といったウッフィーが集まり、同時にミクの価値も高まる。作品がファンの間でたくさんコピーされることを通じて共感が増幅し、世界に広がっていく。コンテンツの権利の一部をネットユーザーにゆだね、誰もが使いやすい状態に置くことで、そのコンテンツの価値がふくらんでいく。
今後の技術革新で、評判や共感、感謝などウッフィー的なものの数値化が可能になれば、貨幣中心だった価値観が一変するかもしれない。困っている人を助けたり、落ちているゴミを拾ったり、誰かの作った曲に共感し、「いいね!」をクリックしたり──人の幸せを手伝ったり共感した結果が数値化され、幸福の度合いが視覚化されることで、“ウッフィー稼ぎ”がお金稼ぎりより大切になれば面白い。
こんな想像は、情報革命がもたらすもの可能性の一端に過ぎない。「変化は順番に起きてくる。情報革命によるライフスタイルの大変化は、むしろこれから起きると思う」
連載:初音ミク5周年
(1):「サンクチュアリとしての初音ミク」 ミクと駆け抜けた5年、開発元・クリプトンに聞く
(2):「世界のファンとムーブメントを作りたい」――初音ミクのネクストステージ
(3):「使えば増える」初音ミクと、「お金が王様」の時代の終わり(本記事)
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