ぼくらはなぜ「AIの遺電子」にこんなにも惹かれるのか(3/3 ページ)
週刊少年チャンピオン連載の近未来SFマンガ「AIの遺電子」の単行本化記念。その魅力を探ってみた。
グッとくる、須堂と助手の元ネタ
須堂先生の服装に注目してほしい。黒のタートルネックにジーンズ。ある人物を思い出さざるをえない。
そして助手のリサ。映画「スティーブ・ジョブズ」ではジョブズと娘・リサとのぎこちない交流が見せ場の1つとなっていたが、AIの遺電子のリサは須堂を慕っていて、その関係はジョブズとリサのようでも、ブラック・ジャックとピノコのようでもある。
この2人との関係とは別に、須堂の家族、大学時代の友人といった過去が徐々に明らかになっていき、その過程で、この社会の仕組みが少しずつ解き明かされていく。
ヒューマノイドのAI以外が「自由でない」のはなぜなのか。人間の心を持つのなら、ボディは老いるのか。心とボディとは相互作用するのか。人間は、高度な判断はAIにまかせているのか。とすれば、そのAIは誰が管理するのか……。
こうした設定をストーリーに合わせて小出しにすることで、現在の技術との地続き感が生まれ、近未来の物語がリアリティを獲得する。高度なAIが生まれた理由を「シンギュラリティ」の一言で片付けないところとか、「胡瓜先生、粋だな」と思うのだ。
UnixのsudoコマンドのようにAIの特権レベルにアクセスし治療を行う、高度に発達しすぎてエンジニアと区別がつかない須堂医師の治療風景には、医療マンガや近未来SFとしての絵的面白みが欠けているだろうし、医療AIに音声で相談しながら方針を決めていく姿に「すご腕の闇医者」を感じるのは難しいかもしれない。
でも、そこにリアリティがある。
胡瓜先生がかつてITmediaの記者として活躍した経験は、AlphaGoの勝利、AI小説家といった時事ネタについてもそれをヒューマノイドの未来に送り込んで料理する巧みさに生かされているようだ(このへんは第2巻までお待ちを)。
そういえば、胡瓜先生とは記者時代に何度かいっしょに取材をしたことがあったが、当時は同僚記者がだれも興味を持っていなかったARと倫理などの新しいテクノロジーとその周辺問題に積極的に取り組んでいたのが思い出される。
そうした蓄積がこういう形で実を結んだのはうれしい。
未来の物語のはずなのに、読み終えた後で自分たちのこれまで、これからをついつい考えて切なくなってしまうのは、感情豊かなヒューマノイドたち、未来のテクノロジーがそれぞれ、傷つきやすい人間たちとAIの台頭で揺れ動く現代と見事に連なっているからなのだろう。
「AIの遺電子」はそういうマンガなのだ。
1つだけ気になるのは、胡瓜先生がたびたびツイートしている、慢性的なアシスタント不足。iPad Pro 12.9インチの実用度が上がれば作画で苦労することはなくなるのだろうか。第19話に登場する小説執筆支援AIは、マンガ作画支援AIを待望する作者の心の叫びだったかもしれない。
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