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AIは“美しさ”を感じるか ディープラーニングの先にある未来これからのAIの話をしよう(美意識編)(3/4 ページ)

美意識や言葉にできない感覚は人間だけの特権なのか。世界のエリートビジネスマンが注目している“美意識”をめぐり、コンサルタントと人工知能の専門家が異色対談。

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 絵画はアナログですが、音楽は音符を座標上に配置するので本質的に数学になじむ。次に、音楽は音の運びだけで完成しているバッハのような純粋器楽曲(絶対音楽)と、そこに歌や歌詞が加わって完成するジョン・レノンの「イマジン」のような楽曲(標題音楽)に分かれます。

 バッハの曲を数値データにして、バッハっぽい曲に仕上げるのはできると思うんです。海外では実際にそういった研究が行われていて、聴いてみると相当それっぽい。2030年、40年にプロが聴いても「いいね」と感じる楽曲を創れてしまうはずです。

 一方でジョン・レノンのイマジンはどうか。ピアノの伴奏にジョンの歌声が乗っているシンプルな内容ですが、1970年代の社会的な閉塞感に、新たなビジョンを提示しました。社会に対する問題意識やメッセージ、どういう声のトーンにするかなどが混然一体になっている。変数が大きいので、AIがまねするのは難しいのではないでしょうか。

対談

石川 そういう数学的な説明がしにくいものであっても、ここ5年ぐらいのディープラーニングによる人工知能の進化を鑑みれば、十分に新しい発見の可能性があると思います。ディープラーニングを簡単にいうと、大量の変数があって人間が定義できないものを機械に定義してもらう技術です

 バッハっぽい曲は人間が定義できるから、これまでの技術で対応できた。ディープラーニングは人間が説明できないものを新しく生成できる所がブレークスルーなので、これから先に「イマジン」っぽい曲が登場する可能性はあります。

―― そういう意味でもディープラーニングは画期的な技術なんですね。ところで、言葉で説明できないけど答えが出てきたものを山口さんの著書では「直感」と表現されています。例えば、囲碁AI「AlphaGo」は人間に理解できない手を打つが、盤面が進むとそれが好手だと気付かされる。そう考えると、AIは「論理」ではなく「直感」で動いているのかなと。

石川 直感というのが“説明できないけれども何となく良い気がする”という定義なら、機械学習の目的と沿うでしょう。機械学習は、アウトプットに至った背景の説明ではなく、アウトプットの精度に重きを置きます。かなり直感的です。

 16年にトップ棋士・李世ドルに勝ったAlphaGoは、まずプロ棋士の打ち手を学習し、次にAlphaGo同士で対戦してより良い手を学ぶというものでした。

 一方、進化した次世代版の「AlphaGo Zero」はその10倍ぐらい強いとされています。こちらはプロ棋士の指し手を学習せず、AIに自己学習をさせたもの。そこでは、人間は良いと評価していた手も、AIから見ると悪手というケースが出てくる。

―― 常識やバイアスにとらわれると、AIのような手は打てない。AIの発想はこれまでの常識の延長線上にはないものですね。

「遺伝子はデータ」 AIは“本能”を持つのか

松本さん
松本さん

―― 西洋的な宗教観の話ですが、神が人を6日目に作ったのならば、もし人が人工的に人を造れば、人は「人」なのか「神」なのか? という神学論争を聞いたことがあります。人工的に造った人というのが、まさに人工知能ですね。

 人が作ったものは「arts」、自然・神が作ったものは「science」に分類されますが、artsの中でもリベラルアーツが大事だという記事を以前に書きました(参照:“人工知能時代”に求められる人間の能力、たった1つの答え)。

 僕はリベラルアーツを「本質を学ぶ能力」だと理解しています。月の満ち欠けを見ても、現象だけ見ている人は「月が半分になった!」と言うでしょうが、本質を理解している人は「月と地球が回っているから」と分かります。

 画像認識、音声認識の場合、多くが「画像だけ」「音声だけ」を取り込みます。そのデータだけでは隠された背景を人工知能自体が自律的に理解できないので、それらを教えないと「現象」の理解にとどまってしまう。本質を理解できる人工知能は生まれるのでしょうか。

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