4年前の「AIがチューリングテスト合格」騒動は何だったのか(3/3 ページ)
2014年に、チューリングテストで初の合格者が出たと話題になった。しかし、このテストによって人工知能は知能を持つといえるのか。チューリングが意図したテストの内容とは。
何より、論文を読めば分かるのですが、チューリング自身はこの対照実験を通じて人工知能を判定しようとはしていません。あくまで「機械は考えることができるのか?」を提示して、それは十分に可能であると論証しているだけです。
実験方法を「チューリングテスト」と命名すらしていません。どこかのタイミングで「思考する機械」=「人工知能」と入れ替わったのでしょう。どうりで論拠というか証明したい事項に対して、実験方法が曖昧に過ぎると思いました。
やはり、意味が分からなかったら原典に立ち返るべきです。
「思考」と「思考しているフリ」
チューリングは本論文で何を言いたかったのか。私が感じたのは、「思考する行為」と「思考しているフリの行為」の違いは何かという問題提起です。
人間の頭の中はのぞけません。その人の思想、信条を無理にでも知ろうとする行為は、自由に反します。法に触れる可能性もあるでしょう。「思考しているフリ」をして「思考している!」と主張されれば、一体どうやってそれを証明できるでしょうか。
思考だけではなく、愛も、憎しみも、敬意も、軽蔑も、実際に目に見えないものをどうやって証明するのか。同じように「そうではないこと」をどうやって証明するのか。非常に難しいと言えます。
「お前は私を愛していない」とレッテル張りされれば最後、どう反証しても目に見えませんから言葉で説明する他ありません。その言葉を信じられなければどうしようもありません。
チューリングのあってはならない悲劇的な最期を知る私にとっては、同性愛者が異性愛者のフリをしなければ生きられなかった時代に、異性愛者のような言動を強制された日常自体が「The Imitation Game」だともいえるなぁ……と感じてしまいます。
チューリングは論文で「機械だって思考する」「思考とは人間だけの行為なのか」「違うと信じている」と主張します。実際、行先も、欲しい物も、チューリングの論文でさえも機械に質問すればインターネット経由で答えが返ってきます。
哲学者のジョン・サールあたりは「(機械は)質問内容の意味は分かっていない!」と主張するかもしれません。しかし、意味が分かっていないことをどうやって証明できるでしょうか。チューリングであれば何と言うでしょう。返す返すもチューリングを殺した時代の空気に対していら立ちしか感じません。
著者プロフィール:松本健太郎
株式会社デコム R&D部門マネージャー。 セイバーメトリクスなどのスポーツ分析は評判が高く、NHKに出演した経験もある。他にも政治、経済、文化などさまざまなデータをデジタル化し、分析・予測することを得意とする。 本業はインサイトを発見するためのデータアナリティクス手法を開発すること。
著者連絡先はこちら→kentaro.matsumoto@decom.org
編集部より:著者単行本発売のお知らせ
人工知能に仕事を“奪われる”、人工知能が“暴走する”、人工知能に自我が“芽生える”――そんなよくありがちな議論を切り口に、人工知能の現状を解説してきた連載「真説・人工知能に関する12の誤解」が、このたび、書籍「AIは人間の仕事を奪うのか? 〜人工知能を理解する7つの問題」として、C&R研究所から発売されました。
連載を再編集し、働き方、ビジネス、政府の役割、法律、倫理、教育、社会という7つの観点から、人工知能を取り巻く問題を理解できる構成に仕上げています。この本を読めば、人工知能の“今”が大体分かる――連載を読んでいた方も、読んでいなかった方も手に取っていただければ幸いです。本書の詳細はこちらから。
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