AIロボにも「新人教育」が欠かせない:新連載「ロボ材活用最前線――AIが変える働き方と経営」(2/2 ページ)
IT関連著書多数の経営コンサルタント、小林啓倫氏によるAI連載がスタート。
広がるロボの「新人教育」
つまり人間の新入社員と同様に、ロボットにも「新人教育」が欠かせないというわけです。では他の企業では、どのような教育活動を行っているのでしょうか。
先日の7月23日、東京海上ホールディングスが、米国の保険スタートアップ「メトロマイル」(Metromile)への出資を行い、同社が持つAI技術を活用すると発表しました。メトロマイルはいわゆる「インシュアテック(InsurTech)」、つまり保険版フィンテックの代表例として紹介されることも多いので、耳にしたことがあるという方も多いのではないでしょうか。
彼らは契約者が運転する自動車の診断用ポートに「メトロマイルパルス(Metromile Pulse)」という独自の装置を装着し、それを通じて自動車の状態や走行に関するさまざまなデータを集めることで、保険料を動的に変化させるという保険サービスを展開しています。日本でも「保険料は走った分だけ」という自動車保険が一般的になりつつありますが、それを非常に高度な形で実現しているのがメトロマイルという会社です。
実はそのメトロマイル、2017年に「アバ(Ava)」というAIシステムを導入しています。これは契約者が事故を起こした場合、パルスを通じて集められたデータや、契約者のスマホアプリから送られてくる事故車の画像といったデータをAIが分析し、保険金の支払いをわずか数秒で承認するというもの。メトロマイルにとっては、手間のかかる事故調査から保険金支払いまでのプロセスを省力化でき、契約者にとっては修理に必要なお金をすぐに手にすることができるという効果が実現されるわけです。東京海上もメトロマイルへの出資を通じて、このAI技術を獲得し、保険金支払い期間の短縮を目指すとしています。
AIがデータ分析して新たな価値を生み出す。最近よく聞くストーリーですが、もちろんAIを導入すれば、そんな効果が魔法のように得られるわけではありません。アメリアのように、アバも十分な教育をしてやる必要があるわけですが、メトロマイルがどんな涙ぐましい努力をしているのかがわかる動画が公開されています:
例えばこちら、非常に遅いスピード(時速にして10キロメートル以下)でクルマがぶつかった際に、メトロパルスがどのようなデータを拾うのかを確認する実験の様子です。クルマが高速でぶつかったときのデータについては、自動車メーカーが安全性テストという形で行っているため大量に存在します。しかしこうした低速でクルマがぶつかった際にどのようなデータとして現れるのか、特に自社の「パルス」という端末にどのような形で収集されるのかについては、実際に試してみるしかありません。
さらにこんな動画も公開されています:
一目瞭然、ドアにさまざまなものをぶつけるテストです。こうしたデータさえあれば、今度は契約者が事故現場にいなかったとしても、データから何が起きたのか(野球のボールが当たってできた凹みに違いないetc.)をアバが推理してくれることすら可能になります。AIの教育がどれほどの価値を持ち得るかを教えてくれる、好例と言えるのではないでしょうか。
きちんと新人を教育しなければ使い物にならないのは、人材も「ロボ材」も同様。この点をきちんと理解せず、単に技術を導入して終わりという企業は、期待通りの効果を得られずに「解雇」という結論に至ってしまうことでしょう。皆さんがロボの新人担当役を命じられる日も、そう遠くないかもしれません。
著者プロフィール:小林啓倫(こばやし あきひと)
経営コンサルタント。1973年東京都生まれ、獨協大学外国語学部卒、筑波大学大学院地域研究研究科修士課程修了。システムエンジニアとしてキャリアを積んだ後、米Babson CollegeにてMBAを取得。その後外資系コンサルティングファーム、国内ベンチャー企業などで活動。著書に『FinTechが変える! 金融×テクノロジーが生み出す新たなビジネス』(朝日新聞出版)、『IoTビジネスモデル革命』(朝日新聞出版)、訳書に『テトリス・エフェクト 世界を惑わせたゲーム』(ダン・アッカーマン著、白揚社)、『シンギュラリティ大学が教える 飛躍する方法』(サリム・イスマイル著、日経BP社)など多数。
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