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「笑い男」事件は実現可能か 「攻殻機動隊 S.A.C.」好きの官僚が解説アニメに潜むサイバー攻撃(8/12 ページ)

そう遠くない未来、現実化しそうなアニメのワンシーンをヒントに、セキュリティにもアニメにも詳しい内閣サイバーセキュリティセンター(NISC)の文月涼さんが対策を解説します。第6回のテーマは「攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX」です。

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F: 2016年12月4日。米大統領選挙の最中、ノースカロライナ州に住む28歳の男性が500キロ離れた首都ワシントンD.C.にある、家族連れで賑わっているピザ屋に乱入し、アサルトライフルを複数回発射。幸い負傷者は出ず、本人も投降したため死者は出ませんでしたが、一歩間違えは死傷者多数の凄惨な事件となるところでした。犯行動機は、この店の地下室が、大統領候補であるヒラリー・クリントン氏とその選挙対策部長が関わる児童拉致や人身売買の拠点となっている、というデマであり、彼はそれを証明するためにやってきたとのことでした。「ピザゲート事件」です。

 この店にはそもそも地下室もなく、また情報も当然ながらフェイクです。この話はWikiLeaksによる米民主党のメール事件に端を発し、その中にこのピザ店の店長の名前が出てきたことから、米共和党支持者などを中心に妄想が膨らみ、日本の2ちゃんねるに相当する、4-chanやredditなどで“増幅”された後、FacebookやTwitterなどでハッシュタグ「#pizzagate」でブレイクしたのです。少なくとも1カ月間あった拡散期間の中でファクトチェックも行われ、否定もされていたのに、米国の約1200万人が「本当である」と信じていたであろうという統計もありました

 さて、これでも不可能と思いますか?

K: 可能……ですね。

F: それに、この襲撃事件以前に店に押し寄せた人々もおり、それらの人々は例えば何らかの事件が起きると、その関係者を特定し、自宅に押し寄せたり、あるいはネットリンチをしたりするのと同じ者たちです。こういった例はデマに対してだけ起こるものではなく、時にそれが真実の場合もあり、事柄の真贋を問いません。

 では、なぜ起こるのか。それは普段から申し上げているように、人間の思考には脆弱性(セキュリティホール)があり、それが意図せず、あるいは意図して攻撃されることで起こるわけです。この場合の脆弱性の名前は「義憤」でしょうか。

 この義憤を攻撃するものを、どうかここだけを抜き出して謝った引用をしないでいただきたいのですが、非常に危険ながらあえて名前を付けて呼ぶとするならば、それは「思考性ウイルス」です。

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(C)士郎正宗・Production I.G/講談社・攻殻機動隊製作委員会

 ここでいう「思考性ウイルス」とは、よく特定の考え方の人々を、別の考え方の人々が罵るために「○○の思想に感染している」という話とは全く別のものです。柔らかい言葉でポジティブにいえば、「影響を受けた」「感化された」「熱意に動かされた」、ネガティブに言えば「義憤を感じた」「頭にきた」「誰かがやるべきだと思った」などでしょうか。

 また、受け取る側が、特定の事柄に対してこれを咀嚼(そしゃく)し判断する能力(キャパシティー)がないところに、強烈なインパクトで押し寄せて、これを奪ってしまう攻撃もありますが、これはコンピュータでいえばバッファーオーバーフローですから、攻撃の種類が違います。

 思考性ウイルスは緩やかに伝播(でんぱん)していくものであり、例え、特定分野で極めて高い知識があるといわれる人でも、その専門分野でない部分では容易に飲み込まれてしまうので、年齢や学歴とは一様には関係ありません。

 正しい意味での「影響を受けた」「感化された」と異なるのは、悪意をもって流布あるいはターゲットを定めて注入される攻撃かどうかだけです。

 そして、人間は自分がまだ判断していないものに対して比較的ニュートラルでも、一度「判断を下す」と、以降はその考え方を変えることは自分の存在意義に関わるので変えがたくなります。かくして、外部から与えられた特定の思考性に支配され、またそれを他者に拡散し始めます。それが悪意で行われている攻撃の場合、本人も気付かないうちにその攻撃者によって操られ、本人には悪意がないという意味での「善意の操り人形」となるわけです。こうなるとさらに変わることは難しくなります。何せ本人は自分で判断した「善意」でやっていると思うわけですから。

 たぶん少し前であれば、「そんなことあり得ないだろう」と皆が答えたと思います。しかし人類は不幸にして、いや、幸運にしてかもしれません、SNSを使った国家レベルのサイバープロパガンダが、米国の大統領選挙で引き起こした数々の事象を見ることで、それが絵空事出ないことを知りました。情報を使った攻撃で人間の行動を操作できる。それが米国で公式文章として出されたことで、われわれは冷静にその事実を認識することができた。同じことはきっとテロでも起きるでしょう。われわれはこのことを共通認識としないといけません。

K: 言葉もありませんね。

F: サイバー攻撃における劇場型犯罪を考えるに、解説したように個々の要素は実現可能なものが多い。あとはそれを組み合わせて、インパクトがある劇に仕立て上げられる「監督」あるいは「プロデューサー」が、いるかどうかだけです。プロデューサーがいない場合、あるいは衝撃的な一幕に仕立てることを望んでいない場合、それはひたひたと進行する悲劇になるわけです。

K: もしかして「S.A.C. 2nd GIG」に登場するゴーダのことを仰っているのですか。

F: その通りです。さて、ここまでが劇中のマスコミなど“表に出ている”「笑い男事件」です。そこからさらに表に出ない第3幕へと話は進みます。

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