「粒子加速器」を自作した猛者現る 「リビングの片隅で組み立てた」──工学素人の“理論屋”が一から試行錯誤(2/2 ページ)
電子や陽子などの荷電粒子を加速する「加速器」を自作した高梨さんに話を聞いた。工学系の出身ではないため、さまざまな試行錯誤を繰り返しながら加速器を作ったという。
制作費用は約30万円だという。真空チャンバーが約10万円、磁場となる磁石が15万円、周辺機材が残りの費用といった具合だ。
「これだけお金がかかったので貧乏です。その分楽しんでいますけどね」(高梨さん)
リビングの片隅に積まれる機材の山 家族は「慣れた」
高梨さんは、「(製作以外で)一番大変なのは家族を説得することでした」という。機材を全てリビングに置いているからだ。
「鉄道のおもちゃで遊んでいるようなもの。1.5×1.5平方メートルくらいの面積を確実に取ります。そこにさまざまなケーブルもあります」と、リビングの片隅が“カオス”になっている様子を語る。
家族の説得にはなんとか成功し、今では家族も平気で機材をまたいで歩いているそうだ。機材を誤って蹴ってしまうような事故はまだ起きていないという。
2台目を作る計画も
高梨さんは、加速器2号機として、粒子を真っすぐ加速させる「線形加速器」を作る計画を進めているという。
「家族も現状に慣れてきたので、おそらく1台増えたところで分からないのではないかと」──。
工学部や高専の教材にならないか思案中
高梨さんが加速器を自作したのは、あくまで「自身が作りたかったから」だが、この経験を研究者や科学者の教育に生かせるのではないかと考えている。
「加速器の製作には、高周波、磁石、真空、ガス、高電圧などを使います。学科でいえば電気工学科、機械工学科、電子情報学科など多岐にわたるため、総合的な勉強ができます。総合的に工学を学ぶ教材として、加速器はすごく面白いのではないでしょうか」(高梨さん)
安全面についても問題はないという。「与えているエネルギーが低いため、放射線は出ません。水素ガスもカセットコンロのボンベのような小さなもので供給しています。人に害を与えるよりも、フィラメントが焼き切れたり、回路がショートして焼けたり、ガラスが割れたりして機材が壊れることの方が多いでしょう」(同)と見ている。
知り合いの高等専門学校の教員に紹介したが、教材としては費用がかさむため「なかなかいい返事がもらえない」という。
「物理学者のリチャード・ファインマンさんが、MITからプリンストン大学へ進学したときに感動したというエピソードがあります。MITには大きくてきれいな加速器がありましたが、プリンストンには研究室内に小さなサイクロトロンがあって、研究者たち自身が手作業で作っていたからです。手を動かして動作原理を理解できる環境だったから、プリンストンから多くの成果が出たという話です」(高梨さん)
「今はそこから新たな知見が生まれる時代ではないかもしれませんが、研究者や技術者を育てるという意味では、小さな環境で全てに触れられるというのもいいのではないでしょうか」(同)
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