巨大SNS企業が、国家を滅ぼす――アニメ「ルパン三世 PART5」は“官僚の教科書”だった:アニメに潜むサイバー攻撃(3/6 ページ)
そう遠くない未来、現実化しそうなアニメのワンシーンをヒントに、セキュリティにもアニメにも詳しい内閣サイバーセキュリティセンター(NISC)の文月涼さんが対策を解説します。第9回は「ルパン三世 PART5」を再び取り上げます。
F: その一手が、なんとヒトログへの「(米国らしき)ジャック・キング大統領と石油会社の密約の暴露」でした。しかもヒトログはこの投稿にA判定を付けます。この後、立て続けに世界各国の指導者層に関する暴露ネタを投稿し、それらが軒並みA判定を付けられることで、世界中の国がシェイクハンズ社とヒトログを敵視し始め、非難声明や規制、会社の国外退去などを命じることになります。ルパンはヒトログのシステムの構造を「盗んだ」のです。
エンゾは時代遅れの大泥棒と吐き捨てたルパンのこの反撃に、「ルパン三世、盗むのはモノだけじゃないってことか!」と歯ぎしりします。
リンポーは、エンゾにせめてルパンの書き込みだけは削除しようと提案しますが、エンゾはそれはできないと突っぱねます。また各国の交渉団代表としてやってきたアルベールが「どうしてもわれわれの提案は受け入れられないのか」と言ったことに対して、「くどいぞ! ルパン、いや誰の情報でもヒトログは排除しない!」と発言。それをすると「ヒトログは死ぬ」と言い放ちます。困るなら暴かれてもいいようにすればいい。結果としてよりよい世界が実現すると、彼の言葉は首尾一貫しています。
K: 何というか、エンゾという人、立ち位置としてはFacebookのマーク・ザッカーバーグ氏で、人物的にはTeslaのイーロン・マスク氏とAmazon.comのジェフ・ベゾス氏を合わせたようなイメージでした。巨大IT企業を引っ張る人物としては、これぐらいぶっ飛んでないといけないのかと思わせる、リアリティーがありましたよね。
F: そう。これは彼らを非難する意味ではなく、頭のネジがどこか飛んでると思わせるほど、製品や自分に自信があり、信念に迷いがないとダメなんだと思わせます。ところで、このように暴露ネタを投稿してA判定を付けさせる、という攻撃も現実世界で可能だと思いますよ。
K: またそんなあっさり。
F: ヒトログは足りない情報を推測で補う、というあたりに鍵があります。それはアルゴリズムが存在することを意味し、ハックできることをまた意味します。ネットの情報をどう確度が高いと判定するか、ヒトログのアルゴリズムをハックすればいいわけです。これって検索エンジンのハックそのものですよ。
K: あ、あああああ……。
F: 検索エンジンは物理的に動き回る自動情報収集ロボットでも持たなければ、しょせんはネット上の情報しか集められません。そしてネット上の情報は『作れる』わけです。
検索エンジンで自分の情報を上に持ってくるのはSEO(Search Engine Optimization:検索エンジン最適化)で日常的にハックされていますし、現実世界では本当かどうかの判定には「いいね」の数を「真実かどうかの尺度にしている」人たちが多いですよね。この「いいね」数を増やすことも、アングラなサービスとして販売されています。
またリアルにかき込まれる情報でも、Amazon.comのレビューなどではやらせがしばしば問題になっていますし、学術的情報でも、教育・研究機関への寄付が免税になる制度がある国なら、自分の望む学説を掲げる研究者たちに「きれいな資金を潤沢に援助」することで世の中の論調のバランスを曲げることはできます。それにお金を使わなくても「あなたの研究は素晴らしい! 世界のためにもっと発言するべきだ」と後押しすれば、自分の存在意義を賭けた「善意の操り人形」となって、思うがままに盤上で動く駒になる人もいます。頭は賢くても対人ハックに弱い人などゴロゴロいるわけですから。そう、五ェ門のようにね。
誰かの判定は常にハックされる、それが明確にランク付けされればなおさら。そうした数値を評価基準として提供する危険性を、このヒトログに見ることができます。
K: 身も蓋もない……。
F: 自分で集めた情報以外は疑い、自分にすらも常に自問自答するのですよ。そうすれば少なくとも「他人に踊れされたあげくの後悔」はないわけです。正確には意味が違うのですが、アルベールがエンゾとの会談の最後に言った「あいつ(ルパン)はデータで計れるほど浅くねえよ」ぐらいの域に到達しないと。
SNSは、国家に敵対する存在になり得るのか
F: 最終的にシェイクハンズ社は、国家安全保障上の脅威だとしてテロ組織に認定され、おそらく米軍と思われる艦隊のミサイル攻撃を受けることになります。これに対してリンポーはアルベールに電話で「約束と違うじゃないか!」と抗議するのですが、アルベールは涼しげに「確かに約束はした。だが破った」と流します。いやあああ!!
K: いやああ?
F: かっこいい!! さすがもう1人のルパン! もうクールでニヒルで! それに!
K: それに?
F: みんな気づいていないかもしれないけど、この後、不二子を再び救出するためにやってくるルパンへの援護射撃になっている!? 混乱を巻き起こすことで……!
K: はい。そこから先はサイバーセキュリティじゃないネタバレです。
F: みんな見てよ! この後のふ〜じこちゃんとのやりとりも!
K: 素が出ていますよ。アルベールのようなクールな官僚として話を続けてください。
F: すみません、取り乱しました。ゴホン。では、この話のように実際にSNS企業は国家に敵対する存在になるのか、ですが……。
K: いつものFさんのやりかただと「できますよ」ですか。どうやって?
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