切っても曲げても超撥水──「ハリセンボンのトゲ」から生まれた新材料
撥水性の高さに加え、従来の撥水材料の折り曲げや摩耗に弱いといった弱点を克服しているという。塗料として利用でき、従来では難しかった構造の物質などの撥水加工を見込む。
切ったり折り曲げたりしても撥水性が落ちない──国立研究開発法人物質・材料研究機構(NIMS)がこのほど、そんな「超撥水」材料を開発した。撥水性の高さに加え、従来の撥水材料の折り曲げや摩耗に弱いといった弱点を克服しているという。塗料として利用でき、従来では難しかった構造の物質などの撥水加工を見込む。
超撥水は、撥水の中でも水滴をほぼ球形(面と水滴の接触角が150度以上)にはじく性質のこと。超撥水性を持つ材料自体はすでに普及しており、例えばクルマ向けの「超撥水コーティング」などが一般に販売されている。
一般的な超撥水コーティングはマイクロメートルの厚さで凹凸を作ることで水をはじいているが、その膜の薄さから、摩耗や傷に弱く、容易に超撥水性能が失われてしまうなど、耐久性に問題があった。
「ハリセンボンのトゲ」に着想 船のCO2排出量削減にも
NIMSが発表したのは、耐久性と柔軟性のある超撥水材料だ。「ハリセンボンの表皮」に着想を得て開発したという。
ハリセンボンの表皮は、柔らかい皮膚と硬いトゲでできている。ハリセンボンのトゲ1本を見てみると、消波ブロック状に4方向に針が出ている。そのうちの1方向に伸びた針が、残る3方向に伸びる針によって皮膚の表面から突き出ている。これを工業材料にできれば、耐久性のある超撥水素材ができると考えたという。
もともとは、汎用的な超撥水材料というよりは、船舶の流体抵抗を減らし、船舶の二酸化炭素排出量を減らす目的から開発を始めたとも。超撥水材料を水中に沈めると、表面にごく薄い空気層が生じる。船底に空気層を生成できれば抵抗が下がり、燃費の向上につながる。
船底に空気を送り、流体抵抗を減らす実験はすでに進められており、それに今回の材料を追加することでより効果が見込めるとしている。
【訂正履歴:2019年10月25日午後8時 記事初出時、内藤氏のお名前の漢字を誤って掲載していました。お詫びして訂正いたします。また、『シリコン樹脂』の表記を『シリコーン樹脂』にあらためました】
材料はシリコーン樹脂と酸化亜鉛の2種類。シリコーン樹脂がハリセンボンの皮膚に当たり、酸化亜鉛がトゲになる。
作り方はカンタンで、シリコーン樹脂に酸化亜鉛を混ぜ、酢酸エチルで練るだけ。ポイントは、用いる酸化亜鉛が結晶成長しており、ナノサイズでハリセンボンのトゲのような構造を実現しているということ。そして、その酸化亜鉛の密度を一定以上にすると、曲げても切っても超撥水な材料になる。
同材料は、曲げたり切ったりしても超撥水性を維持できる。どの断面にもトゲ状の凹凸があるからだ。表面をこすっても凹凸はなくならず、撥水性が保たれるという。NIMSはこの性質を「金太郎あめのよう」と話す。
生物をマネする「バイオミメティクス」のアプローチ
ハリセンボンの表皮構造をヒントにする。これは、「バイオミメティクス」(生物模倣)という手法であり、多くの製品や素材に取り入れられている。超撥水素材も20年ほどバイオミメティクスに基づく開発が進められており、ハスの葉やセミの羽から着想を得た超撥水素材がこれまでに研究開発されてきたが、耐久性に問題があった。
そういった背景から、NIMSは耐久性と超撥水性を両立するアイデアを探索し、ハリセンボンにたどり着いたという。
NIMSの試験では、表面を1000回こすっても超撥水性能が維持されているのを確認している。頻繁に擦れるような場所に使用する場合は分厚く、たまに擦れるような場所であれば薄くと、使い分けられることもメリットとして挙げた。
何にでも塗布可能 5Gの懸念解消にも期待
この超撥水材料は、希釈することで金属だけでなく、ガラスや紙、ゴム、繊維などに塗布できる。どこにでも塗布できるとしており、汚れの付着や凍結、腐食、電波強度減衰など、水滴が付着することで生じる問題の解決に期待できる。
「金属材料のサビ防止や航空材料の凍結防止、窓ガラスの曇り防止、外壁の汚れ抑制、内視鏡の曇り防止のほか、社会実装が迫る5Gアンテナも対象になりうる」と、NIMSは適用先を見込む。
次世代通信システムの5Gはミリ波を使用する関係上、水分の影響が大きく、アンテナに水滴が付着することで電波強度が減衰してしまうことが懸念されている。こうした素材が、5Gの問題解決に役立つかもしれない。
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