宇宙で造ったビールで乾杯 とある町工場が本気で挑む“宇宙醸造”への道:食いしん坊ライター&編集が行く! フードテックの世界(1/3 ページ)
宇宙という無重力空間でのビール醸造に挑戦している町工場がある。名古屋市でバルブやポンプなどの製造を手掛ける高砂電気工業だ。なぜビール造りにチャレンジするのか? 地上と宇宙で醸造方法は違うのか? プロジェクトの担当者に聞いた。
宇宙で造ったビールで乾杯。そんな夢のような世界を実現しようとする企業がある。バルブやポンプなどの流体制御機器を作っている、“町工場”高砂電気工業(名古屋市)だ。
「われわれは醸造のプロではありません。しかし『“テキトー”にビールを造るのでは』といわれるのは嫌でした」──そう話すのは同社の前川敏郎さん(新規事業・イノベーション推進チーム)。自身でビール醸造の現場を何度も取材。自宅でもホップの栽培を行い、本気でビール造りに取り組んできた。
近未来には宇宙空間で人類が暮らすようになるといわれる。閉鎖的な空間で長期間、心豊かに暮らすためにはおいしい食べものや嗜好品は重要だろう。代表的な嗜好品としてお酒(ビール)を思い浮かべる人も多いかもしれない。
地上と宇宙で醸造方法は異なるのか? 異なるとしたら、どのような仕組みなのか? そもそも町工場のメーカーが、なぜビール造りにチャレンジするのか?――疑問は尽きない。プロジェクトに携わる前川さんと、浅井直也会長に話を聞いた。
連載:食いしん坊ライター&編集が行く! フードテックの世界
ニューノーマル時代を迎え社会にますますテクノロジーが浸透する今、人の根本を支える“食”はどうなっていくのか――“食いしん坊”を自称するライターの武者良太さんと編集の安田が、テクノロジーと食が融合したフードテックの世界に迫ります。
関係者全員が「ビール好き」
宇宙ビールの製造は海外でも進んでいる。世界的なビールブランド「バドワイザー」を手掛ける米Anheuser-Busch InBevは、2017年に宇宙空間で大麦の発芽実験をスタート。SpaceXが打ち上げた無人宇宙船に醸造装置を搭載した。彼らは火星でビール醸造を行う第一人者となるべく、宇宙空間でのビール製造に取り組んでいる。
対して、高砂電気工業は人工衛星や国際宇宙ステーション(ISS)でビールを自動醸造する装置を設計している。バルブやポンプなどの流体制御機器や再生医療分野で細胞培養を自動化する製品などを手掛ける同社には、世界中の企業や研究機関などから製品の問い合わせが頻繁にあるという。17年のある日、米国のカリフォルニア大学サンディエゴ校の学生から届いたメールには「月面でビールを造るプロジェクトをやりたい。そのために小型のポンプについて知りたい」と書かれていたそうだ。
残念ながら彼らのプロジェクトは、プロジェクトを応募していたコンテストが頓挫したため中止となったが、高砂電気工業には火がついた。
「その後、NASAのエンジニアと宇宙での細胞培養について話す機会がありました。彼いわく、宇宙では細胞の培養が難しい。重力がないため、培養液の対流が起こらないからです」と浅井さん。月面は地球の1/6とはいえ重力があるため、対流は起きるはず。しかし、無重力空間では液体の流れを作らねばならない。
同社はもともと、再生医療分野で培養液の対流を作る技術を持っていた。それがJAXAの目にとまり、JAXAがISSで行う細胞培養の実験プロジェクトに参画。無重力空間で動く培養装置を作っていた。
「われわれに醸造装置を作る技術力はありました。私や浅井がビール好きなので、宇宙でビールを醸造するプロジェクトを始めることにしました」と前川さん。プロジェクトには、人工衛星の研究や人工流れ星の開発を目指すベンチャーALE(東京都港区)も参加。彼らもビールを愛飲しているという。きっかけとなったプロジェクトが頓挫しても、メンバーのビール好きが高じて宇宙ビールの醸造に本気でチャレンジすることになった。
では、宇宙の醸造装置は一体どのようなものだろうか?
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