「鬼滅の刃」が終幕を迎えてもヒットが続く理由 コンテンツデリバリーが変えた「終わるコンテンツ」ヒットの法則(2/2 ページ)
『鬼滅の刃』は全23巻と、コンパクトにまとまった作品だが、エンディングを迎えた後も、その勢いは止まらない。その背景にあるものは何か。西田宗千佳さんが仮説を披露する。
無料コミックと「まとめ買い」が作品の在り方を変えた
コンテンツビジネスの戦略の中で、「ストーリーの継続性」は必須の要素ではなく、一つの要素に過ぎなくなった。
ファンの心理として、「作品の世界は終わってほしくない」と思うものだ。人生が続くように、作品世界は続くものだ。だが、ストーリーやキャラクターを破綻なく、飽きさせないように作り続けるのは困難なことであり、良きところで「終わる」のが幸せではある。終わらない、長く続くストーリーを作れるのは世界的に見ても稀な才能であり、通常は「1話単位で成立している」ものでないと年単位での継続は難しいのが実情だろう。
過去には、コミックにしろ小説にしろ、紙の書籍の形でしか流通できなかった。もちろん、書店で全てを在庫するのは難しい。比較的新しい作品だけが在庫されるわけだが、人々はそれを許容していた。テレビが「リアルタイムに続いている作品の最新の部分をつかむ」ものであったのと同じように、印刷物も同様だった。そこでは雑誌が重要な役割を果たす。あらゆるコンテンツは「フロー」に近く、フローの極致である雑誌は便利な存在だった。
だが、電子書籍が登場することによって、この常識は変わった。
電子書籍は2つの面で変化をもたらしている。
最新のものに低コストにアクセスする方法として、スマートフォン+低価格(もしくは広告による無料)の電子書籍は大きな役割を果たしている。雑誌という「作品のまとまり」としての効果は失われつつあるが、流行っている作品、もしくは「面白そうでバズっている作品」へのリーチは、低コストな電子書籍によって手軽になった。特に若年層にとって、この効果は大きい。
同時に「販売型の電子書籍」は一気読みを促進した。10冊・20冊と量があっても場所を取らず、簡単に購入できるからだ。特にある程度の収入がある「大人」にとっては、人気のコミックスや小説をまとめ買いするハードルは下がっている。紙の書籍で23巻在庫している店を探し、実際に購入して家に置くのはけっこう大変だが、電子書籍なら問題ない
これが97巻となると、コスト的に電子書籍でも簡単なことではない。20巻くらいまでの量は、漫画連載としては別に短いわけではなく、一部の定番作品だけが超えていく巻数である。「特別なファンのいる、終わらない作品」と、「ある単位で終わる作品」を明確に分け、両方でちゃんとヒットを回せる構造が生まれつつある。
そこで大きな役割を果たしているのが、配信や電子書籍という「コンテンツデリバリーの多様化」だった、といえるだろう。各種グッズの存在も、そこに合わせて組み立てられるようになった。
『鬼滅の刃』の場合、深夜でアニメが始まったのが2019年4月。原作は15巻が発売された直後だった。原作ストーリーがクライマックスに向けて盛り上がるタイミングであり、原作7巻までの「基本的な流れがある程度まとまった」頃でアニメが終わっている。アニメで注目した人が、原作で続きをしっかりと読めて、それが口コミで広がる頃に「続き」である映画が公開され、そのタイミングである2020年秋に、原作のコミックスも最終巻が発売された。
誰もがストーリーのダイナミズムにうまくついてこれて、盛り上がるような順番になっているように見えないだろうか? 国民的アニメになった今、残るは「アニメで原作のクライマックスを、時間をかけて描くこと」。作品は終わっていても、それを皆が反芻(すう)しながらアニメという作品を楽しめる。
テレビの構造が変わって20年、それが定着して10年、さらに電子書籍や映像配信が広がって5年が経過し、ようやく「全体を見ながらマス向けにコンテンツをプロデュースする」方法論が生まれている。その結果が『鬼滅の刃』という作品のヒットの最大化ではないか……。
筆者はそう見立てているのである。
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