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テクノロジーが後押しするワクチン接種 AIによる接種優先順位決定は正しいのか?ウィズコロナ時代のテクノロジー(2/2 ページ)

新型コロナウイルス感染症のためのワクチンを効果的に配布するために、AI技術が使われているのだが……。

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誰から先にワクチンを接種するか

 こうしたワクチン接種における流通の側面は極めて重要だが、その前に、もう一つ別の大きな課題を解決しなければならない。それは「誰にワクチンを接種するか」という問題だ。

 ワクチンを必要とされる人々全員に速やかに接種できる状態であれば、そのような問題は発生しない。しかし前述の通り、大規模なパンデミックが進行している状況では、短期間で十分なワクチンを世界の隅々まで届けるというのは不可能だ。そこで誰から接種すべきか、どの順番で接種すれば終息までの時間を最短にできるかという検討が必要になる。

 とはいえこの点も、簡単に答えが導き出せる問題ではない。ワクチン接種の順番を決める際の要素には、さまざまな種類が考えられる。例えば問題となっている病原体に感染する、もしくはそれを他人に感染させるリスクの高い人物から接種すべきという考え方があるだろう。そうした人物を優先的に接種した方が、感染を早く終息させられると期待できるからだ。

 一方で、感染した場合に重体化するリスクの高い人物(COVID-19であれば高齢者など)や、医療従事者やその他のいわゆる「エッセンシャルワーカー」(社会や経済を動かすためにパンデミック下でも仕事を続けなければならない職業)たちを優先すべきという考え方もあり、こちらも理解できるものだ。これらの要素をすべて考慮に入れ、「次にワクチンをうつべき人々」を選び出すというのは容易ではない。

 ここでも期待されているのが、AIの力だ。既にAIは、企業の採用活動に応募してきた候補者の選別や、保育施設への入所を待つ待機児童の施設への割り当てなど、選別すべき対象や考慮すべき要素があまりに多い場面において、人間に代わってさまざまな判断を下すようになっている。同じことを、ワクチン接種の候補者選定にも活用できないかというわけである。

 例えば医療関係のAIプラットフォームを開発している米国企業のJvionは、「COVIDワクチン接種優先度インデックス」(COVID Vaccination Prioritization Index)と名付けられた指標を発表している。これは文字通り、COVID-19用ワクチンを優先して接種すべき人物を示す指標で、米CDC(疾病予防管理センター)が発表しているガイドラインに基づいて判断が行われている。Jvionは同指標を、さらに各種の社会的要因(高齢者や感染リスクの高い仕事に就く人々の割合等)と組み合わせ、地域単位でのワクチン接種の必要度を示した「COVIDコミュニティ脆弱性マップ」も作成・発表している。こうしたマップを活用して、ワクチン接種の緊急度の高い地域を把握し、優先的に供給を進めるべきというわけだ。

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COVIDコミュニティ脆弱性マップ

 ただこうしたアプローチには懸念も示されている。AIの判断は文字通り機械的に行われるが、さまざまな原因(AIを「教育」する際の手違い等)によって、質が低かったり、倫理に反する判断を下してしまったり場合がある。それがCOVID-19をめぐる判断でも発生しかねないというわけだ。

 残念ながら、こうした懸念が杞憂ではないことを示す事例も生まれている。米スタンフォード大学で、同医学部においてCOVID-19患者にも接触していた研修医(つまり感染リスクが高く、優先的にワクチン接種を進めるべきと考えられる人々)が、ワクチン接種対象者から外れるという事態が発生したのだ。

 米国の非営利報道機関であるProPublicaの報道によれば、米スタンフォード大学は独自に開発したアルゴリズムを使い、Pfizer製の新型コロナウイルス用ワクチンを最初に接種する5000人の医療従事者を選出した。そこにこの研修医たちは選ばれず、代わりに医師ではあるものの、最前線での業務には従事していない人々などが選ばれたのである。

 このアルゴリズムでは、対象者が所属している部署や勤務場所、さらには年齢などが判断材料として使われていた。ところが研修医は特定の勤務場所が割り振られないことが多く、さらには年齢も若い(重症化のリスクが低い)ため、アルゴリズムの網をすり抜けてしまったのである。

 さらに一連の判断はブラックボックス化されており、「なぜこのような判断に至ったか」は公開されていなかった。その結果、現場に立つ医療関係者の間でも不信感が広がり、事態の発覚後に大学関係者が謝罪するまでに至っている。

 こうしたケースの発生は、AIに対する信頼性を大きく損ないかねない。AIは使えば大きな力を発揮するテクノロジーであるだけに、その価値を正しく引き出すためにも、開かれた議論と検証が必要だろう。それは一時的にAI利用を後退させるかもしれないが、結果として、社会への浸透を着実に前進させるはずだ。

 今回取り上げたのは、新型コロナウイルス用のワクチン接種という限られた範囲の事例だが、あらゆる技術がそうであるように、そこで新たに開発された技術やアプリケーションはこれからさまざまな形で活用されるだろう。

 例えば最初に紹介したコールドチェーンは、もちろんワクチン限定ではなく、食品などの輸送にも活用できる。ブロックチェーンによる物理的な物品の管理は、既にさまざまな分野で活用が模索されているが、今回のワクチン管理が成功してモデルケースとなれば、一気に実用化が進むことが予想される。こうした技術の進歩も、新型コロナウイルスがもたらす「望ましい」遺産として定着することを期待したい。

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