Macが生まれた年からの贈り物は、逆回転で「タイム・アフター・タイム」と囁く:立ちどまるよふりむくよ(3/3 ページ)
カセットテープから逆回転の歌が聴こえたら、それは良いニュースかもしれない。
8年間探していた4曲目
僕は2013年に旅立った妻の歌声をコンピュータで合成するのをライフワークとしている。2021年の7月にはNHKの番組で取り上げられたので、それで知った人もいると思う。「妻音源とりちゃん」というのが、Macで再現した妻の歌声に付けた名前だ。
この妻音源は、3曲の独立した音声トラックをベースにしている。日本語の歌が2曲で、1曲が英語だ。最後の1曲だけはスタジオで収録したものだが、残りはiPhoneのEarPodsで収録。この3曲に含まれた音素を組み合わせることで、日本語、英語、時には古代ギリシャ語の曲まで歌ってもらい、僕とデュエットもしている。
だが、そこには不足している音もある。例えば「the」の子音はあるけど、「think」の最初の子音はない。thの濁る方の音はあるけど、濁らない方は存在しない。どうするかというと、theの先頭部分をとても小さくして、別の母音とフェードさせるのだ。かなり難しい作業だが、英語歌詞も数十曲制作しているのでそれなりに慣れてきている。
番組のインタビューでもそんなことを話した。
それでも「もう1曲、英語の曲が残っていれば」と、この8年間、ずっと考えていた。
妻が歌った曲はまだ10曲くらい残っているのだが、それらは歌だけ切り出されたトラックではなく、カラオケやライブ演奏での、伴奏が含まれた録音で、妻の声だけを抽出することはできない。演奏も含まれた録音から歌だけを取り出す技術が実用化されたという話を聞くと、そのソフトを試したりもしていたが、まだ満足のいく結果は得られていない。きちんとレコーディングされた2MIX音源であれば可能なのかもしれないが、こちらの音源はそもそも劣悪な環境で録音したものだから、そもそも想定していないのだろう。
半ば諦めていたところ、この「最後のピース」が見つかったというわけだ。
幸いなことに、この曲の歌詞には「think」も含まれている。
新しい音素を追加するには、妻音源を最初に作るときにやった作業を繰り返すことになる。妻が歌ったメロディーラインと歌詞を歌声合成ソフト「UTAU-Synth」のフォーマットで記述し、それを録音データと対照させて、fransingというツールを使って音素を切り出して紐づける。
その前に、歌声のオーディオデータをクリーンにしておく必要もあるだろう。まずはLogic ProのFlex Pitchという機能を使ってテンポやピッチがずれているところを修正する。
録音するときにリバーブを通していたので、音源として使えるようにするにはできるだけ素の声に戻しておいた方がいい。最近はリバーブ除去のプラグインがあるので、それも試しておきたい。
とりあえず、軽いピッチ、テンポ修正だけして、伴奏と合わせてみた。伴奏部分にも妻のリードボーカルが入っていて、独立した追加トラックはダブルトラッキングで厚みを出すためにレコーディングしたようだ。そう判断した、25歳の自分にありがとうを言っておきたい。
シンディー・ローパーのTime After Timeを聴いてしばらくして、2人で映画を見た。マルコム・マクダウェルがH・G・ウェルズを演じるタイムトラベルもので、ウェルズが1979年のサンフランシスコにタイムマシンで出現するというSFラブコメ。同じタイトルなので、当時はシンディー・ローパーの曲を元にしたのかね、と話していたのだが、実際は逆らしい。
この映画のヒロインを演じたメアリー・スティーンバージェンは再び別の時代からやってきたタイムマシン研究者と恋に落ちる。相手は「バック・トゥ・ザ・フューチャー PART3」のドクである。同じ女優さんだよね、という話はしてたと記憶している。
Logic Proでミックスし直した曲で、妻の「Time After Time」という歌声が徐々に囁きに変わっていくのを最新のiMacで聴いてニヤニヤしている。これもちょっとしたタイムマシン恋愛ものではないだろうか。
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