AIは食糧危機を救えるか? 農作物収穫のメリットと、サイバー攻撃などによる新たなリスク:ウィズコロナ時代のテクノロジー(3/3 ページ)
コロナ禍は食糧供給にも大きな影響を与えている。そこで期待されているのが、AIによる農業の後押しが期待されている。農作物収穫の効率化を目指す一方、サイバー攻撃などによる新たなリスクが発生すると指摘する声もある。
AIの「偶発的な失敗」による環境破壊のリスク
とはいえサイバー攻撃は、残念ながら現在では珍しいものではなく、その対処方法も日夜研究が進んでいる。100%とは言わないまでも、攻撃の防止や回避をある程度まで実現できるだろう。その一方でヅァクワー博士らは、もう一つ、より対処の難しい懸念点を挙げている。
それは次のようなケースだ。ある農場のオーナーが、導入したAIに対し「短期間に最大の収穫高をあげること」を命じたとしよう。AIはその指示通り、肥料を大量に投与したり、農薬を大量に散布したり、土地を無理に開墾しようとしたりする。
その結果、生態系のバランスが崩れたり、土壌が侵食されたりといった環境破壊が発生したりする恐れが生じるのである。これは意図的ではない「偶発的な失敗」と表現されており、意図的な攻撃と比べて把握が難しい。
同様に悪意が原因ではない問題として、アメリカ反トラスト協会(American Antitrust Institute)の会長であるダイアナ・モス氏は、「クローズド・クロッピング・システム」という状態が発生することを指摘している。
モス氏によれば、農業関連テクノロジーの大手企業と契約した農家は、データに対する権利を放棄させられてしまうケースが多い。テクノロジー企業側がデータを利用して、製品の開発・改善に役立てるためだ。
しかしその結果、農家はデータを独占する企業の支配下に置かれることになり、その企業が提案する製品やサービスを使い続けなければならなくなる。ある種のベンダーロックインのような状況が発生するわけだ。
モス氏は「大手農業バイオテック企業は、競合するテクノロジーとの相互運用性がないように、自社の栽培システムを設計している」と指摘。農家がデータを保有する企業に囲い込まれれば、農家も消費者もより高い価格を支払うことになる、とも予測している。
リスクを回避するために
こうした事態に直面しないために、どのような取り組みができるのだろうか。前述のヅァクワー博士らは、いくつかの提言を行っている。
まずはサイバー攻撃への対応だ。企業や官公庁では、ハッキングへの予防措置として、いわゆる「ホワイトハットハッカー」を雇って、セキュリティ上の欠陥を発見するという対応を行っている。農業系のAIや自動化システムにおいても、同様の対処が行えるだろうと彼らは説明している。
新しい技術を展開する際には、最初に実験環境での導入を行い、そこでテストを重ねることも提案している。これもビジネスの世界では当たり前の話だろう。現実に近いが、実際に農作物の栽培を行っている場所からは切り離された環境、あるいはデジタル技術によって精巧に再現されたバーチャル空間を用意し、そこで実際にシステムを動かしてみることで、机の上では把握が難しい課題を早期に発見するわけだ。
偶発的な失敗に対しては、回避に向け、生態学者などの専門家を技術設計の段階から参加させることを提言している。「クローズド・クロッピング・システム」型の問題に対処するのは、「データ協同組合」の設立というソリューションだ。これは個々の農業従事者に代わって、共同でデータを管理する組織で、それを通じてデータの透明性と所有権に関する状況を改善する。
同様の仕組みは農業以外の分野でも構想が進められているが、今後の農業におけるデータの重要性をきちんと理解して、生産者や消費者が不利な立場に置かれることのないよう管理していくのである。
ただしこうした個々の対応策も、全体としての統制が取れていなければ効果が薄まってしまいかねない。一方で、限られた大企業のみが主導する形での統制は、前述のように農家や消費者が弱い立場に置かれてしまう恐れがある。
農業においてAIのポテンシャルを最大限に発揮させた上で、それがもたらすリスクを抑制するためには、政府や消費者団体が積極的にルールの整備・運用に関与する必要があるだろう。食の安全はあらゆる人々に影響を及ぼす問題であることを考えれば、私たちもテクノロジーが農業にもたらす変化を注視しなければならない。
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