ライブ配信特化の“ネット中継車” テレビ局でもないのに作った大阪の会社を訪ねてみた:小寺信良の「プロフェッショナル×DX」(2/2 ページ)
パナソニックコネクトの「KAIROS」を中継車にした会社があるという。一般に中継車とは、テレビ放送において現場から生放送をする際に必要な機材を搭載して配線済みの状態にしておき、車の中でオペレーションできるようなものをいう。テレビ局などが持つもので、放送とは関係ない企業が持つことはないのだが、その理由を探る。
現場でなければ分からないこと
イベントの現場が中継車ベースになるということには、どういうメリットがあるのだろうか。
坂本 一番いいのは、やはり仕込みの速さじゃないでしょうか。例えばホール内に中継設備を設営する際には、会場によっては搬入経路が長いとか、一部階段で上げないとダメなところとかあります。あとは椅子を外してオペレーションエリアを確保してもらったり、スイッチャーにものすごい数を結線しなければならないとか。
これがIPになると、搬入口の近くにブース設営して、会場からは光ファイバー1本CONNECT車に通すだけとか。撤収もケーブルをスポッて抜いて、あとはブース側は1人でできる。
オペレーションにも変化がありそうだ。
坂本 これまでのイベント映像演出って、実際の現場を見ながらオペレーションするのが主流でしたけど、テレビ局さんとかはオペレーターは現場に居ないじゃないですか。現場からの映像だけを見ながら中継されてる。僕らも現場の引き絵を見ながらオペレーションしていくといった風に、変わっていくかもしれないと思ってます。
一方でライブイベント自体も、コロナ禍で変化が起きている。コロナ前に比べると、屋外でのイベントが増えてきているという。やはり換気の問題を考えると、室内より屋外という選択になるようだ。ただ、そこを中継してくれという話になると、また別の問題がある。
田井 ネット回線がないんですよ。ローカル5Gなんかは2カ月前には申請出してないといけないんですけど、イベントの催行可否や演出内容が決まるのが遅くて、間に合わないんですね。会場までインターネットの回線を引いてもらうにしても、「何もないところには引けない」と。
ところがいろいろ確認していくと、ここに中継車止めてやるんでここに引いてくださいというと、引いてくれる。回線引き込むための「箱」があれば引きます、なければダメですっていうのに去年気がついて。そういう意味ではCONNET車があるのとないのとでは全然、話が変わってくるんですよね。
坂本 最近導入した機材の中では、「Siklu」というミリ波帯の無線通信システムがすごく使える事が分かりました。われわれが使っているタイプだと、特に免許とかなくても見通しで300mぐらいまでなら1Gbpsぐらい飛ばせます。
例えば屋外広場でイベントやります、でも回線ありませんという時に、回線が確保できる少し離れたビルの窓から見通し300m程度であれば無線で飛ばせちゃうんですよ。「どうやって引く?」という心配がだいぶ減りました。
田井 これから大規模な中継が増えてくると、スタッフの構成も変わってくるのかなと。ネットワーク的にはTX/RXの容量管理をしておかないと、オーバーした瞬間に全て終わってしまいます。クラウド側から見て、中継先からどれぐらい上がってきて余力がどれぐらいあるのかとか、出す側も何人ぐらいつながっていてどれぐらい流量管理が必要かみたいな、IPの通信がどうなってるのかを管理する人が必要になってきます。
ただ、現場に貼り付いている必要はないんですよね。先日は新幹線での移動中にその辺を見たりしてました。
ネットのライブ中継は、回線を提供するネットワーク屋さんと、配信を出す映像屋さんとがうまくかみ合わないと、実現できない。これも以前より、事情は変わってきているようだ。
坂本 ネットワークだけやられている方だと、もう映像の話をしても分からない。だからネットワーク屋さんからは、映像屋さんの方がネットワークの知識を付けてくれた方が近道だといわれるんです。
確かにアナログ時代から連綿とつながる映像の知識を、今から覚えてくれというのはどだい無理な話で、確かにそうかもしれないなと。だから僕らが勉強して、IPが分かる映像屋の言われた通りにネットワークを組んでもらう、それでコラボしながらネットワーク屋さんもだんだん分かっていくというのが、多分一番近道じゃないかと思います。
やはり、実際に現場を回している人達の話を聞くのが一番よく分かる。今回の取材は1時間半にも及んだが、今回はその中のごく一部をご紹介しているにすぎない。シーマさんから学んだ事を、今後の記事中で随時ご紹介していく予定である。
筆者の小寺信良氏が、2月24日に「新会社システム総合研究所」が開催するオンラインセミナー「映像のIP化で何が起こるのか」に登壇する。映像のIP化で何が起こるのか、取材から最新動向を探るとしている。
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