ピアノコンクール合格者の特徴とは? 参加者のMIDIデータと審査員の合否基準を解析 東大とピティナなどが発表:Innovative Tech
東京大学大学院、ピティナ音楽研究所、高知工科大学、京都大学大学院に所属する研究者らは、ピアノコンクールにおける参加者のピアノ演奏をMIDIデータとして取得し、複数の審査員による合否基準とどのような結び付きがあるかを分析した研究報告を発表した。
Innovative Tech:
このコーナーでは、2014年から先端テクノロジーの研究を論文単位で記事にしているWebメディア「Seamless」(シームレス)を主宰する山下裕毅氏が執筆。新規性の高い科学論文を山下氏がピックアップし、解説する。
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東京大学大学院、ピティナ音楽研究所、高知工科大学、京都大学大学院に所属する研究者らが発表した論文「MIDIピアノを用いたピアノコンクールの合格者と不合格者の演奏における拍間隔変化の比較」は、ピアノコンクールにおける参加者のピアノ演奏をMIDIデータとして取得し、複数の審査員による合否基準とどのような結び付きがあるかを分析した研究報告である。
これまでの演奏研究では、主に波形データが使われてきたが、これには演奏時の打鍵・離鍵のタイミングを正確に捉えることができないという限界があった。
特に、演奏の個性や速度変化を詳細に分析する上で、波形データだけでは不十分であることが指摘されている。これに対し、MIDIデータは打鍵・離鍵のタイミング、打鍵速度、ペダルの踏み込みの深さなどを正確に記録できるため、演奏の速度変化をより詳細に捉えられる。
この研究では、2023年に開催されたピアノコンクール「ブルグミュラーコンクール※」銀座花椿地区における参加者のピアノ演奏を、MIDIデータとして取得し、演奏者の速度変化を分析、それらが審査員による合否基準とどのような関係にあるかを調査した。
特に「すなおな心」と「やさしい花」の2曲に焦点を当て、合格者と不合格者の演奏データから拍間隔変化やミスの発生パターンなどについて比較分析を行った。「すなおな心」の演奏では合格者8人、不合格者6人、「やさしい花」では合格者4人、不合格者3人のデータから分析を行った。
「すなおな心」はハ長調、4/4拍子で22小節から構成され、初めに「Allegro moderato」(ほどよい速さで)と指示されており、第15小節と第21小節には「poco riten.」(少し遅くして)という速度に関する指示がある。合格者は、速度変化の指示がないところでも1本調子ではなく、適切な速度変化があった。一方で不合格者は、全体的に速度変化が小さかった。
また、一つのスラー記号(複数の音符を弧でくくって、音をつなげて滑らかに演奏するように指示するもの)が付けられた第5〜8小節にかけてのフレーズ表現においては、合格者は音量を徐々に増加させる「cresc.」(だんだん強く)の指示に従いつつ、速度に関する指示がないにもかかわらず、フレーズの終わりに向けてグラフ上でアーチになるように速度を徐々に遅くしていた。不合格者では、速度が一定でそのようなアーチは見られなかった。
このことから、合格者の演奏では、楽譜に明示されていない部分であっても、フレーズの終わりで速度を落とすなど細やかな表現を加えることで、曲の情感を豊かに伝えていたことが分かる。一方、不合格者は速度変化に関する指示がない部分での速度変化が少なく、逆に指示のある箇所では急激に速度を落とす傾向が見られた。
「やさしい花」は、ニ長調、4/4拍子、24小節のこの作品が冒頭に「Moderato」(中ぐらいの速さで)、第1小節と第17小節に「p delicato」(弱く、繊細に)と指示されている。これは、曲全体を通じて繊細な表現が求められることを意味している。
開発したツールによって演奏者のミスの数を抽出した結果、ミスが0であっても不合格になるケースが存在し、これは演奏の打鍵タイミングのずれが影響していることを示している。
打鍵のばらつきを標準偏差によって分析した結果、不合格者は特にフレーズを締めくくる重要な箇所である第8小節と第24小節の3拍目の和音において、打鍵タイミングが大きくずれていることが明らかになった。このようなタイミングのずれは、演奏全体の印象を損ね、審査員の評価を下げる要因となり得る。従って、ミスがなくとも、打鍵タイミングに問題があれば不合格になる可能性があることを示した。
「やさしい花」では、遅くする指示がある箇所において、合格者はより遅くする演奏を実現していたのに対し、不合格者は遅くなり方が小さい傾向があった。これは「やさしい花」が「すなおな心」よりも作曲家が記載した速度が遅く、繊細なニュアンスを伝えることが重視される作品であるため、速度を遅くする指示に対して、より遅くする演奏の方が、作品の楽想を表現しているという評価につながったと考えられる。
この研究は、MIDIデータを用いた演奏分析の新たな可能性を示した。また演奏者は速度変化だけでなく、音量変化といった他の演奏表現の要素を組み合わせることで、作品を表現することができるという見解も示されている。
今後の課題として、これらの分析結果およびそれに基づいた解釈をさらに定量化すること、速度変化と音量変化を併せた分析を行うことが挙げられている。
Source and Image Credits: 高橋 舞, 小林 未知数, 中村 栄太, 大向 一輝. MIDIピアノを用いたピアノコンクールの合格者と不合格者の演奏における拍間隔変化の比較. 情報処理学会 研究報告人文科学とコンピュータ(CH) 2024-CH-134, 8, 1 - 5(2024-02-10)
※2023年には9〜11月の間に、全国163会場で地区大会が行われ、地区大会の通過者が全国22会場で行われたファイナルに出場した(地区大会・ファイナルの数は2023年度実績)。ファイナルへの出場資格は、地区大会で優秀賞を受賞した出場者に与えられる。この研究では、ファイナル進出者を合格者、進出できなかった者を不合格者としている。
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