検索
連載

GoPro「凋落」の理由、華々しいスタートアップの紆余曲折を振り返る 大きな分岐点は8年前に小寺信良のIT大作戦(2/5 ページ)

「GoPro HERO 13 Black」と小型の「HERO」を発表したGoPro。しかし評価は芳しくないようだ。1社でスポーツ撮影専用カメラというジャンルを築き、2010年代のスタートアップとして華々しい成果を上げてきた同社だが、確かに現在に至るまで当然紆余曲折のあったのも事実。なぜ今、多くの人をガッカリさせる事になったのだろうか。

Share
Tweet
LINE
Hatena

 11年の「HD HERO2」は、マイク入力やHDMI出力が搭載され、HD/120pまで撮影できるように拡張された。ただしまだモニターはない。別売のモニターユニットと合体して、ようやく何を撮っているか分かる。だがこれは米国でさらに大ヒットした。


11年のNAB会場に出品されたHERO 2

当時は別売のディスプレイモジュールを背面に装着することで、ようやく画角が確認できた

 この頃にはすでにGoProは、日本のカメラメーカーからも無視できない存在に成長していた。小型で頑丈、広角で激しい動きの撮影に使えるという、新ジャンルを築いたからである。


12年のLAで開催された「X Games」でラリーカーに装着されたHERO 2

 12年にはソニーが、初めてのアクションカム「HDR-AS15」をリリースしている。HD解像度でモニターなし、本体に防水防塵機能なし、固定するにはハウジングに入れるといった仕様は、まさにHD HERO2を下敷きにしている。


筆者も個人的に購入した「HDR-AS15」。インタビュー取材に使っていた

 だが同年登場したHERO3は、さらに上を行った。ホワイト・シルバー・ブラックという3エディション展開でブラックが最上位であるが、早くも4Kが撮影できた。15fpsでしかなかったが、まだまだ4Kカメラが気軽に買えない時代に、4Kのソースを使って圧縮伝送や放送実験をやりたい日本の企業や大学の研究室で重宝された。ソニーをもってしても3年遅れを喫するというほどの、先進性であった。

 13年には、「HERO3+」というリファインモデルが登場した。4にまでは至らないという改善であったのだろう。当時暗所に弱いという点が指摘されたのを受けて、暗いところでは自動的にfpsを落として画質を上げるという、オートローライト機能を搭載した。また4:3で撮影した映像を、中心部分はそのままに、端の方だけ引き延ばして16:9にするという、妙なモードを搭載した。若干苦し紛れの時期だったのかもしれない。


13年のInterBEE会場に出品されたHERO 3+

 14年には、ソニーが「HDR-AS100」で本体のみで防塵防滴仕様というカメラをリリースしてきた。一方GoProは、同年の「HERO4」で4K/30p撮影を可能にしたほか、初めて本体にタッチパネルを搭載した。ようやく本体だけで、何を撮ってるのか分かるようになったのである。ただしブラックエディションなのに、ボディーカラーはシルバーである。

 ソニーがようやくGoProに追い付くのが、15年だ。「FDR-X1000V」で4K化を達成したが、ここまで来るのに3年かかっている。一方GoProは、年末にようやく小型モデル「HERO4 Session」をリリースするが、1年かかって小型化したものの、機能に新規性がなく、失速した。


15年のCESに出展された「FDR-X1000V」

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

ページトップに戻る