人がいない、技術者が足りない――地方放送局の「IP化」で大きく変わる、技術者のあり方:小寺信良の「プロフェッショナル×DX」(2/2 ページ)
2024年に入って、地方局でIP化の動きが活性化し始めている。昨年のInter BEEでは、そうしたIP化に関心の高い地方局が集結し、「IP PAVILION」で展示を行った。今年もさらに進化した展示が見られそうだ。既にいくつかの地方局の状況なども伺っているところだが、地方局で推進するIPは、当初考えられていた目的とは違うところでメリットを発揮しつつある。
IP化で技術者の見え方が変わる
ディレクターにスイッチング操作をさせることに、抵抗がある技術者もいるだろう。特に専門職になればなるほど、素人には触らせないといったこだわりは強くなる。
だが映像分野においては、既に編集は専門家集団だけでは回っておらず、ディレクターが編集したものが番組として多く世の中に出ている。先日、国内最大手ポストプロダクションの一つ、オムニバス・ジャパンがポストプロダクション事業からの撤退を決めた背景には、既にバラエティを中心とする番組編集は、技術集団であるポストプロダクションに外注するようなものではなくなったということを意味する。ソフトウェア化によって技術職と演出職の境界がにじんでしまった例は、既にあるのだ。
もともと外注していないスイッチャー業務が、そうならない理由はない。こうした「専門性のにじみ」は、少ない人数でどうにかしないと回らないと考える地方局の方が早いだろう。
IP化のメリットの一つに、ハードウェア的なリソースシェアリングがある。空いている機材をどんどん現場へアサインすることで、遊んでいる機材を無くしてフル稼働させようというシナリオだ。
だがこれが成立するのは、仕事はある、人もいる、機材が足りないという状況のみである。地方局のタスクは、仕事はあるが人がいない。1人が複数の仕事を抱えていても、結局使う人間は1人なので、機材があるから2つ同時に回るというわけではない。局内でのリソースシェアリングは、成立しづらい状況にある。
むしろ地方局のリソースシェアリングは、系列の壁を越えていかに外の局とIPでつながれるかにかかっている。ここには、もう一つの発想の転換が必要になる。
「技術者が稼ぐ」世界に
それは、「技術者が稼ぐ」という考え方だ。従来放送技術者は、ハードウェアの運用と不可分の存在であり、言い方は悪いが番組制作や放送予算に対しての固定費であった。つまり技術者は、外から金を引っ張ってこれる、稼ぐ側の人ではなかったわけだ。
だが局外へのリソースシェアリングが可能になれば、機材と一緒に技術者も貸せる状況になりうる。そうなれば自局内で番組を回すだけでなく、「外で稼いでくる技術者」になりうる。
技術者が足りないという話と一見矛盾するように見えるが、IP化は技術者の役割を変えていく。トラブルがあった際の対応は、高い技能の技術者がわざわざ休みを返上したり夜中に出勤する必要はなく、その場でリモートによるメーカー保守に任せることができる。放送機器メーカーよりも、ネットワークメーカーのほうが対応が早いというのは、よく聞く話である。
そもそも日常の業務からして、出勤して張り付きという働き方ではなくなっていく。筆者の知る地方の映像技術者は、今日は新幹線で移動しながらずっとスマホでネットワークを監視していたという話をしてくれたことがある。
元来撮影会社やポストプロダクションなどの制作技術協力会社は、機材でなく人だけ出す、「技術貸し」もあった業態である。地方にはそもそも撮影会社もポストプロダクションもないところが多く、こうした動きは感覚的に分かりづらいかもしれない。だがIPで先行する地方局が、後発でIP化する地方局へ、運用ノウハウも含めて「技術貸し」していくという構造は、十分考えられる。
どちらが稼げる局なのかは、言うまでもない。つまり地方局は、早くIPのノウハウを積んだ局がもうかることになる。共闘しているようで、競争しているような状態だ。
地方局の急速なIP化は、少人数対応を中心に進行している。とはいえ、現状あと数年回ればいいということでもない。後継者はどこかの段階で必ず必要になる。
筆者が放送業界に入ったときには、「もう親の死に目には会えない」などと言われたものだ。親が危篤でも、仕事は抜けられないという意味である。だがもうそんな働かせ方は、許されない。
地方局という放送事業を維持していくためには、逆にキー局じゃないからこそアピールできるポイントがあるはずだ。地元の地方局で働くということが、学生にとって魅力的に見えるような「ホワイト化」は、もはや必須であろう。
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