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完全自動運転は日本にもやってくるのか? 超えなければならない「高いハードル」走るガジェット「Tesla」に乗ってます(2/4 ページ)

Teslaの高度運転支援機能である「FSD」が米国、カナダ、メキシコなどに続き、中国でも始まりました。Xで「FSD、China」などと検索すると、中国のTeslaユーザーによる車内からのFSD動画がいくつも投稿されています。交通状況が複雑な中国でFSDが解禁になったことは、「もしかしたら日本にも」と希望を持ちたくなりますが、実際のところ実現性はどうなのでしょうか。

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日本ではカメラベースの自動運転は難しいのか?

 ただ、技術的には可能でも、法律、制度、感情、価値観といった部分で日本や日本人がTeslaのFSDを受け入れるのかという疑問は残ります。技術が一定水準に達してもその仕組みを社会実装するとなると、国の政策、業界の思惑、コスト、人々の心情などさまざまな要素が絡み、簡単な話ではなくなります。

 例えば、現状、日本で開発が進んでいる自動運転技術には、大きく2つの方式が存在します。1つにカメラベース、2つ目にLiDAR、HDマップ(高精度3次元地図)と準天頂衛星システム「みちびき」を組み合わせたものです。TeslaのFSDはカメラベース(Tesla Vision)ですが、内閣府、経産省、国交省、デジタル庁などが設置した自動運転に関する研究会などの資料に目を通すと、日本政府としては、後者(LiDARとHDマップなど)推しの印象を強く感じます。


フロントガラス上部の3眼フロントカメラ。ワイドとテレの2つの情報を得ている。この他にも、左右ボディーサイドに各2個、リアに1個、キャビン内に1個のカメラを設置

 例えば、内閣府の資料には、「LiDARの低コスト化等につながる要素技術の開発を2027年度にかけて関係省庁とも連携しながら検討する」と国を挙げてLiDARの普及を支援することが明記されています。逆の見方をすれば、現状のLiDARは、高コストで一般普及が難しいということを認めているわけです。実際、先頃、トヨタと提携したGoogle傘下の自動運転車開発企業Waymoの車両は高級車並みの価格だといいます。

 LiDARに加え、車両相互、あるいは、信号や道路に設置された装置と相互通信を実施しながらの路車間協調運転などと呼ばれる方式もトヨタ主導で進んでいます。V2N(Vehicle to Network)、V2I(Vehicle to Infrastructure)方式などとも呼ばれ、「ITS Connect」として、車側の通信の仕組み自体はプリウス、アルファード、クラウンなどトヨタの十数車に実装済みです。

 例えば、路車間通信システムに対応している交差点も全国に整備されており、紹介ページで設置場所を確認することができます。「ITS Connect」はクルマが完全に「自律」するのではなく、他車やインフラと連携した形の自動運転を目指しているわけです。


路車間通信システムに対応している東京の交差点。自動運転の実証実験が行われている湾岸エリアに多く設置されている

 日本政府としては、「ITS Connect」の通信のために、760MHz帯という地上デジタル放送の移行によって空いた周波数帯を割り当てたわけですから、力が入るのもうなずけます。760MHz帯は、電波が比較的遠くまで届きやすく、障害物にも回り込みやすいという特性を持っており、「プラチナバンド」などとも呼ばれています。携帯電話事業者が欲しがる帯域です。


自動車関連の割当周波数帯。755.5〜764.5MHzが路車間協調に割当られている

 また、HDマップについても、官民ファンドや自動車メーカーが株主として名を連ねるダイナミックマッププラットフォームがHDマップのプロバイダーとして設立され、去る3月、東証グロース市場へ上場しました。上場した以上は、株主利益のために成長させなければなりません。

 HDマップ方式の場合、地図が生成された道路しか自動運転ができないことになります。工事中で迂回が発生したり、道路が陥没するなどの不測の事態が生じた場合の対応スピードにも疑問が残ります。ちなみに、日産の「ProPILOT 2.0」、本田技研工業の「Honda SENSING Elite」はHDマップを採用しています。両者ともに、HDマップが配信された自動車専用道路上でしか機能しないようです。

 HDマップにしてもインフラ連動にしても、日本政府が推す方式の方がクルマ業界だけでなく、IT業界や建設業界など多岐にわたる業界において、新しいビジネスが立ち上がるので、日本国としてはLiDAR、HDマップなどを推す動きになるのは当然でしょう。


現在のHDマップ対応路線。高速道路など自動車専用道路が中心。逆に言うとこれ以外の道路では自動運転はNG

Tesla Visionは日本にとって不都合な存在?

 一方、Teslaが推進するTesla Visionは、エッジ端末としての車載コンピュータ「Hardware 3」あるいは「Hardware 4」において、カメラ画像からのニューラルネットワークによる画像認識やシナリオ判断を行う仕組みなので、LiDAR、HDマップは使用せず、交通インフラや他車との通信は行いません。本来の意味でのAutonomous driving、つまり「自律」運転です。

 このことから、Teslaが推進するカメラベースの自動運転は、日本政府や日本の産業界にとって、好ましくない存在であることがうかがえます。仮に、Tesla Visionが自動運転の主流になると、潤うのは米国企業のTeslaが中心という話になります。

 先述の各省庁の自動運転関連の資料には、「路車協調技術」「協調型システム」という文言がやたらと多く登場します。協調型システムという枠組みにすれば、規制当局としても、交通全体を最適化してコントロールする力を持つことが可能です。霞が関らしい発想ともいえます。

 ただし、日本ではカメラベースが絶対だめなのかというと、そうでもないようです。というのは、カメラベースの自動運転を開発している「チューリング」というスタートアップがあり経済産業省主導のスタートアップ支援プログラムからの支援を受けています。

 チューリングは、「テスラを超える」というスローガンを掲げ「完全自動運転」の実現を目指しています。日本政府や日本の産業界も、このような有望なスタートアップの芽をつみ取るようなことはしないでしょう。


チューリングが2023年10月のジャパン モビリティ ショーに出展したスポーツタイプのコンセプトカー

 余談ですが、以前、日本を代表する自動運転スタートアップのトップ開発者から次のような興味深いコメントを得ました。「カメラベースかLiDARかは、技術的にどちらが正しいという話ではなく、神学論争のようなもの、何を信じるか」だそうです。なるほど、とうなってしまいました。であるなら、どちらを選択するかは、なおさらのこと政府や産業界の思惑に左右されることになるのかもしれません。

 以前も本連載で紹介したように、自動車経済評論家の池田直渡氏が、高度運転支援のセンシング技術について「テスラビジョンへの移行は正しいのか?」で解説をしているので参考にしてください。どちらの方式が正しいのか、という単純な話ではないということがわかります。

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