“物理学者”が本気で料理してみた──合理的なレシピや調理法6つをピックアップ:Innovative Tech
物理学者たちが料理の分野に足を踏み入れると、意外な発見が生まれる。温度や圧力、摩擦、流体力学といった物理現象を料理に応用した6つの調理法を取り上げたい。
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このコーナーでは、2014年から先端テクノロジーの研究を論文単位で記事にしているWebメディア「Seamless」(シームレス)を主宰する山下裕毅氏が執筆。新規性の高い科学論文を山下氏がピックアップし、解説する。
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物理学者たちが料理の分野に足を踏み入れると、意外な発見が生まれる。温度や圧力、摩擦、流体力学といった物理現象を料理に応用することで、これまでの常識を覆す調理法が多数生まれている。今回はその中でも6つを取り上げたい。
ノーベル賞物理学者が提案する“パスタのゆで方”
ノーベル物理学賞受賞者ジョルジョ・パリージ氏が提案した「Hofflon法」は、沸騰した水にパスタを入れた直後に蓋をし、火を止め15分放置する調理法だ。従来のゆで方と比べて約60%の省エネを実現する。
別の方法では、冷水に1時間半浸してから短時間加熱する方法もある。こちらは40〜50%の省エネが可能だ。しかし、これらの省エネ調理法はパスタの粘着性を増加させ、アルデンテの食感を損なう。このようにエネルギー節約と食感はトレードオフの関係にあるが、従来法でも水の量を減らして時々かき混ぜることで相応の省エネができる。
(参照論文:How to cook pasta? Physicists view on suggestions for energy saving methods)
完璧な“ゆで卵”調理法
イタリアの物理学者たちが開発したのは「周期的調理法」というゆで卵の作り方。卵の白身と黄身が異なる最適温度を必要とする問題に対し、100℃の熱水と30℃の冷水に2分ずつ交互に浸す作業を8回繰り返す。
コンピュータシミュレーションにより、この方法で白身は適度に固まりながら、黄身は理想的な67℃前後で一定に保たれることが判明している。栄養成分の分析でも、ポリフェノール類やアミノ酸などの機能性成分をより多く保持できることを確認した。
(関連記事:理想的な“ゆで卵”の作り方、イタリアの研究者らが発見 32分間湯がく斬新な方法)
理想的な“パスタソース”を作る方法
スペインとドイツの研究チームは、イタリアの伝統料理「カーチョ・エ・ペペ」の完璧なソースを作る秘訣を解明した。チーズと水、デンプンの配合比を変えながら温度変化による安定性を調査した結果、チーズ質量に対してデンプン濃度2〜3%が最適であることが分かった。
さらに、チーズをブレンダーで細かく刻み、事前にゲル化させたデンプン水と混ぜることで、80〜90℃の再加熱にも耐える安定したソースが実現できる。こちらは2025年イグノーベル物理学賞を受賞している。
(関連記事:物理学者が“おいしいパスタ”を作る秘訣の論文発表 チーズとコショウのパスタ「カーチョ・エ・ペペ」)
高速カメラが解明、タマネギを切ると涙が出るメカニズム
日常的な調理の悩みにも物理学は答えを出している。米コーネル大学の物理学者たちは、タマネギを切ると涙が出るメカニズムを高速カメラで解析。切れ味の悪いナイフを使うと放出される液滴が最大40倍に増加し、切断速度が速いほど液滴は約4倍増加することを発見した。
タマネギの硬い表皮と柔らかい内部組織の二層構造が鍵となっており、鈍いナイフでは内部組織が圧縮されてバネのように高圧で液体が噴出する。つまり、よく切れるナイフでゆっくり切ることが涙を防ぐコツとなる。
(関連記事:タマネギを泣かずに切るコツ、物理学者が発表 ポイントは“ナイフの切れ味”と“切る速度”)
なぜチーズは花になるのか? 専用スライサーに隠された物理
チーズの美しい盛り付けにも物理学が隠れている。フランスの研究チームは、スイスのチーズ「テット・ド・モワンヌ」が専用スライサーで削ると花形になる仕組みを解明。チーズの周辺部と中心部で摩擦係数が約0.3〜0.7ラジアンへと変化することが、美しいフリル形状を生み出す決定的要因であることを突き止めた。
この不均一な摩擦が塑性せん断という物理現象と組み合わさることで、端が波打つ独特の形状を形成する。
(関連記事:スイスのチーズ「テット・ド・モワンヌ」の物理メカニズムを解明 スライサーで削ると花形になる仕組みとは)
少ない豆で効率良くコーヒーを抽出する方法
コーヒーの抽出にも物理学の知見が応用されている。米ペンシルベニア大学の物理学者たちは、ハンドドリップコーヒーにおける「雪崩効果」を発見。高い位置から細い水流で注ぐことで、水流がコーヒー粉の層を侵食し、浮遊した粒子が円すいの縁に蓄積されて中央に崩れ落ちるサイクルが生まれる。
この現象により粉と水の接触面積が増加し、少ない豆でも効率的に風味を引き出せることを実証した。
(参考論文:Pour-over coffee: Mixing by a water jet impinging on a granular bed with avalanche dynamics)
これらの研究は、料理を単なる経験則ではなく、再現可能な科学として捉え直すことの重要性を示している。物理学の原理を理解することで、よりおいしく、より効率的で、より安定した調理法が生まれる。厨房は実験室であり、物理学と料理の融合は、食卓をより豊かにする可能性を秘めている。
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