スマホで完結、生成AIで“ワンマン化”が進む映像制作 始まった「分業体制」の大転換:小寺信良の「プロフェッショナル×DX」(1/2 ページ)
米Adobe MAX 2025で発表された新技術の数々。単なるツールのアップデートではなく、生成AI「Firefly」を中核とした新機能群は、プロの制作現場における「分業」という常識を覆し、1人のクリエイターが全工程を担う時代への転換を示唆する。始まったワークフローの変化について考える。
10月28日から30日の3日間、米国ロサンゼルスにて開催された「Adobe MAX 2025」では、予想を上回る3時間にも及ぶキーノートが行われ、数多くの新技術が公開された。
今回はこのキーノートや、開発中の技術をお披露目するSneaksで発表された内容を中心に、プロ・クリエイターのワークフローがどう変わっていくのか、またそれによって表現がどのように広がるのかといった可能性について考えてみたい。
技術的中核となるAdobe Fireflyの成長
米Adobeの生成AIとして導入された「Firefly」は、Webアプリとして多くの機能を提供している。今回のイベントではさらに発展させ、他のアプリの中に新機能を注入する中核的な意味合いを持つ存在となった。
現在Fireflyは、画像生成以外に3つの機能を提供している。1つ目は前編でご紹介した「Firefly Boards」だが、2つ目は「画像を編集」という機能だ。
これはコマンドプロンプトを用いて、既存の写真などを修正・編集するツールである。例えばカメラに映り込んだ不要な人物を消すといった機能は先に「Photoshop」に実装されているが、そもそもはFireflyの機能である。これをFireflyの機能として切り出した理由は、プロ向けツールであるPhotoshopがうまく扱えないユーザーにもAI補正の間口を開くという意味もある。例えば「コントラストを修正して見栄えを良くして」といった抽象的な指示にも対応できる。
3つ目の機能は、「Firefly Video Editor」だ。現在はまだベータ版の提供となるが、クラウド上で動画編集するツールとして提供される。「Premiere」のような本格編集ではなく、ショートムービーを素早く作ってSNSに展開するといったことを主眼に置いているようだ。
この背景には、前編で解説したように、現在は動画制作がインフルエンサーやクリエイターにとっての重要な武器となっており、彼らのパフォーマンスを上げることがクリエイティブ市場の拡大に繋がるというメリットがあるからだ。Video Editorは動画生成機能と直結しており、撮影した写真を元に動画生成するといった機能も備えている。
映像編集における考え方の転換
こうしたマスメディア向けの動画制作者以外へのアプローチとしては、Premiereモバイル版の提供もエポックメイキングな出来事だ。過去スマートフォンやタブレット向けに、ベーシックな機能を限定した「Premiere Rush」が提供されたこともあったが、最終的なフィニッシングはデスクトップ版のPremiere Proへ接続するというワークフローが想定されていた。
一方モバイル版のPremiereは方向性を変えて、Web動画コンテンツがこのアプリ内で完結できるようにチューニングされている。マルチトラックに対応したことはもちろん、あとからナレーションをボイスオーバーできる機能、AIによる整音機能、写真を動画にするなどの生成AI、AIによるSE作成、字幕作成などをサポートした。これらの背後で動いているのは、Fireflyである。
今回のAdobe MAXには、日本から複数のインフルエンサーも同行しているが、彼・彼女らにお話を伺ったところ、スマホでの動画作成にはSNSサイト提供の動画編集機能を使ったり、あるいはAdobe以外のアプリを使っているという。
例えば「TikTok」には、閲覧アプリ内に動画撮影・編集機能を内包しており、シームレスに閲覧から投稿まで行えるような作りになっている。米国でもユーザーが爆増した背景には、アプリ1つでなんでもできるという部分は大きい。
この点においてAdobeは、米YouTubeとパートナーシップを結ぶという方法で対抗する。モバイル版Premiereには「YouTubeショート用に作成」というコンテンツ制作スペースが提供される。ここで制作したコンテンツは、YouTubeショート内に即時公開できる。一旦アップロードしてYouTube上へ移動した公開作業、といった手順を踏む必要はない。こうした動きは、昨今米国政府が目を尖らせているTikTokへの対抗手段としても注目されることだろう。
一方で、こうしたスマホによる動画の量産は、インフルエンサーにとっては収入源ではない。普段の動画投稿はあくまでも存在証明であり、サンプルの提示である。彼らの収入源は、そうした活動を見て依頼される、広告案件だ。
一般に広告案件はNGやリテイクが多く発生するため、スマホ内だけで作品を完結することは難しい。あるいは複数のバージョンを作ってクライアントに提示する必要がある。こうした作業にはスマートフォンは向いておらず、案件規模が大きくなればいずれデスクトップ版へ移行する時期が来る。要は、スマホでちょこちょこっと作れる程度では、仕事にはならないということだ。その時の導線としても、モバイル版Premiereの出来は大きく関係する。
そうしたスマホ派のクリエイター達に刺激となったのは、米国で登録者7150万人を誇る人気YouTuber、Mark Rober氏のキーノートだろう。彼のコンテンツのタイムラインを見せてもらったが、ものすごい編集量である。企画力やキャラに頼るのではなく、フィニッシングにこれぐらいやらないと人が呼べるコンテンツにはならないという、厳しい現実を突きつける。
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