AIで重要度が増す「動画の真正性」 カメラは登場したがワークフローに課題も ソニーとアドビに聞く:小寺信良の「プロフェッショナル×DX」(3/3 ページ)
生成AIで"本物そっくり"の偽動画が作れる時代、カメラで撮影した映像であることをどう証明するのか。ソニーが世界初となる真正性機能付き動画カメラを発売、Adobeも編集ソフトで対応を始めた。だが撮影から配信まで、ワークフロー全体での対応はまだこれから。InterBEE 2025で聞いた、動画真正性の現在地。
動画の真正情報は何を証明するのか
ここまでご紹介したように、動画の真正性についてはまだようやく対応機器と編集ソフトが出たというだけで、全体のワークフローとしてはまだ動いていない。ただ、新しい映像はどんどん撮影されるわけで、撮影においては今のうちから真正情報を付加した素材を作っておくということは、重要である。
なぜならば、真正情報をあとから付与することは妥当なのか、という問題が解決していないからだ。例えば放送局がライブラリとして保有している過去の番組やアーカイブ映像には、真正情報がない。過去の映像における真正性は、誰が保証できるのか。放送局が認めたらそれで真正なのか、という疑問が当然ある。それなら今からでも、カメラメーカー発行の真正情報を付けておくべきだ。今撮った映像が、将来のアーカイブ映像になるからだ。
前段でソニーが発行する証明書の有償ライセンスの話をした。C2PAはロイヤルティーフリーなのではないか、と思われるかもしれないが、不要なのは技術実装のロイヤルティーであり、証明書はまた別、ということである。ライセンス発行は言わば「信頼を貸す」という行為になるため、無料というわけにはいかないだろう。
加えて誰になら証明書を発行できるのか、発行者による一定の審査もあるべきだ。さらに証明書のライセンスはいくらが妥当なのか、また発行するのは誰であるべきなのか、メーカーなのか放送局なのか制作会社なのかカメラマンなのかについては、まだ議論の余地が残されている。
基本的に真正情報は、映像制作のどのステップでも確認できる必要がある。つまりディレクターがプレビューする際にも、編集者が編集する時にも、ミキサーが音声処理する時にも確認できるべきだ。現時点ではまだ、クラウド側の対応も含め、全てのツールで対応が実現されているわけではない。
現在動画の真正情報に対応している編集ツールは、Adobe Premiereのほか、ノルウェーで開発されているiOS向けの編集ツール「CuttingRoom Reporter」の2つだけのようだ。
先日のInter BEEの際に、豪Blackmagic Designの「DaVinci Resolve」の開発者に、真正情報の対応状況を質問した。現時点では必要な書類へのサインは終わって、今後どのように実装するかの検討に入るところということであった。もしかしたら次のバージョン21になるかもしれないが、26年4月には米国でNABショーが開催されるので、その時には何か進展が聞けるかもしれない。
コンテンツを見る視聴者側としては、「Netflix」や「YouTube」などは前述のHLSとDASHの対応プレイヤーが登場することで、真正情報が確認できるようになるだろう。これはアプリやWebブラウザ上のプレーヤーの対応もさることながら、スマートテレビやプロジェクタといったハードウェア側でも実装される可能性がある。
一方で、テレビ放送が真正情報に対応するのかは、正直まだ分からない。そもそも放送波に情報を乗せることができるのか。またチューナー側が対応しない限り情報が解析できないのではないか。テレビを買い替えればできるという話になるのか。あるいはテレビの電波に乗っているものは全て信用できるのだから不要である、という主張もあり得るだろう。
以下のところに、英BBCがIBC2025向けに作成した、真正情報がどのように検証されるのかのデモ映像がある。
この映像では、合成のためにAIを使った場合にはAI動画であるという表示に変わる様子が見て取れる。背景もキャラクターもAIに変わってしまったらそれはAI動画だが、手前は実際の人物で、背景のバーチャルセットがAI画像であったら、それは実写なのかAIなのか。というかその場合、真正性で証明しようとするのは何なのか。その判断を放送局がやったとしても、放送局はわれわれが信頼できる機関なのか。
視聴者に対して、真正情報を使って何が証明できればいいのかについては、まだだいぶ流動的なように思える。一方で、制作ワークフロー内では、真正情報が確認できることは重要だ。AI生成動画だと知らずに本物だとしてニュースで報道してしまうと、大変なことになるからだ。
動画の真正性は、報道機関がAIではなく実写であることを証明したいというところからスタートしているわけだが、実際には報道機関が素材の真正性を確認するというところが、最重要ポイントなのではないかと思われる。
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