腸内環境の悪化で脳も老化する? 老マウスの腸内細菌移植で若いマウスの記憶力低下 Natureで研究発表:Innovative Tech
米ペンシルベニア大学や米スタンフォード大学、Arc Instituteなどに所属する研究者らがNature誌で発表した論文「Intestinal interoceptive dysfunction drives age-associated cognitive decline」は、加齢に伴う記憶力の低下は、脳だけの問題ではなく、腸内環境が大きく関わっていることを明らかにした研究報告である。
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2019年にスタートした本連載「Innovative Tech」は、世界中の幅広い分野から最先端の研究論文を独自視点で厳選、解説する。執筆は研究論文メディア「Seamless」(シームレス)を主宰し、日課として数多くの論文に目を通す山下氏が担当。イラストや漫画は、同メディア所属のアーティスト・おね氏が手掛けている。X:@shiropen2
米ペンシルベニア大学や米スタンフォード大学、Arc Instituteなどに所属する研究者らがNature誌で発表した論文「Intestinal interoceptive dysfunction drives age-associated cognitive decline」は、加齢に伴う記憶力の低下は、脳だけの問題ではなく、腸内環境が大きく関わっていることを明らかにした研究報告だ。
この研究では、年老いたマウスの腸内細菌を若いマウスに移植したり同居させたりすると、若いマウスであっても記憶をつかさどる脳の海馬の働きが鈍り、認知機能が低下することを確認した。
実験では、生後4〜8週の若いマウスと生後18カ月の老齢マウスを同じケージで1カ月間同居させた。その結果、同居によって若いマウスの腸内細菌が老齢マウスと同じような老化状態に変化した(互いのフンを食べる習慣がマウスにあるためだと考えられる)。すると、体の健康状態に変化はないにもかかわらず、オスやメス関係なく、若いマウスの新しい物体を見分ける記憶力や、空間を記憶する学習能力が有意に低下した。
これが単なる同居のストレスや社会的影響によるものではないことを証明するため、別の検証も行った。まず若いマウス同士を同居させても記憶力は低下しなかった。次に、無菌環境で老齢マウスと若いマウスを同居させた場合も、若いマウスの記憶力は正常なままだった。
次に、老齢マウスの便から採取した腸内細菌だけを若いマウスに移植した結果、若いマウスの記憶力が低下したため、認知機能低下の直接的な原因が腸内細菌の老化にあることが明確になった。
この現象の引き金となるのは、加齢とともに腸内で増殖する特定の細菌(Parabacteroides goldsteiniiなど)だ。これらの細菌が増えると、腸内で中鎖脂肪酸という物質が過剰に作られるようになる。蓄積した中鎖脂肪酸は、腸の周囲にいる免疫細胞(マクロファージなど)の表面にあるGPR84という特定の受容体に結合し、これを活性化する。活性化した免疫細胞は、炎症を引き起こす物質(炎症性サイトカイン)を放出する。
この炎症物質が、腸と脳を結ぶ情報伝達ケーブルである迷走神経の機能を抑制し、その働きを鈍らせてしまう。迷走神経からのシグナルが弱まると、脳の海馬に十分な刺激が届かなくなり、結果として新しい情報を記憶する能力が衰える。脳機能の低下は、脳そのものの老化だけでなく、このような腸と脳の通信障害が大きな原因となっていたわけだ。
しかし、この通信障害は回復可能であることも実証した。バクテリオファージ(細菌に感染するウイルス)を投与して腸内の中鎖脂肪酸を減少させたり、免疫細胞の過剰反応を薬でブロックしたり、あるいはカプサイシンなどを使って弱った迷走神経を直接刺激したところ、老齢マウスの記憶力が改善した。
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