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ロボットが“出演者”になれた日──アイマス・如月千早武道館公演、テクノロジーと物語が共創した“実存感”の正体まつもとあつしの「アニメノミライ」(2/3 ページ)

ソニーのロボット「groovots」が日本武道館のセンターステージを駆けた。『アイドルマスター』如月千早の武道館公演に投入されたのは、まだPOC段階の試作機だった。わずか数カ月で大型機を製作し、Blenderでモーションを磨き、体育館でリハを重ねた先にあったもの──トラブルも拍手で包んだファンダムの奇跡と、ロボットが"出演者"になった瞬間の舞台裏。担当者に迫る。

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「翻訳者」の存在とアジャイルな現場構築

 異文化の壁を乗り越え、プロジェクトを前進させるために不可欠だったのが、両者の間に立ち、演出家の意図をエンジニアリングの言語へと翻訳するハブの存在である。その役割を担ったのが、ソニーPCLの上月氏だった。

――物事の進め方や段取りの取り方が異なる中で、両者のハブとなった上月さんは、どのようにコミュニケーションを取り、体制を構築していったのでしょうか。

上月:「バンダイナムコホールディングスさんとソニーの協業体制が前提としてあったのが非常に大きかったです。それによって、通常だと秘密にしておかなければいけないような情報もある程度オープンに会話させていただけましたし、開発中のプロダクトを投入するリスクも含めてバンダイナムコエンターテインメントさんに許容いただけました。私がソニーPCLでエンターテインメント領域のクリエイティブ制作をやっていて、一方で過去にaiboの開発に関してエンジニアに近いところで従事していた時期もあり、文化の違いみたいなものは何となく理解はしていたので、コミュニケーションの仲介をさせていただくベースがあったという気がします」

――ロボットのハードウェア開発を担う中野さんとしては、安全面や運用の切り分けをどのように判断したのでしょうか。

中野:「通常、製品を世に出すには非常に厳しい安全基準が課せられますが、今回はPOC(概念実証)という位置付けだったため、ロボットのオペレーション自体、ソニーで行うという形をとらせていただいたんです。外部に委託するのではなく、ソニー内部で管理・運用する手続きにしたからこそ、安全性を担保しつつ、エンターテインメントの現場に対応することができました」


ソニーグループの中野晶氏

吉本:「groovotsの採用が確定してしばらくしてから、毎週定例会議をしながらお話を進めていきました。ライブの興行の世界ではこういう課題がありますよとか、おそらくソニーさんの開発の世界ではこういう制約がありますよという、お互いのビジネスの常識のすり合わせをさせていただきました。また、IPとして大事にするキャラクターとの向き合い方についても密にコミュニケーションをとらせていただいたからこそ、スムーズにお互いの理解が進んだなという手応えは最初からありました」

――今回、演出の統括という立場で現場をまとめられた石田さんから見て、異文化ともいえるソニーさんとのやりとりで感じたことはありましたか?

石田:「最初にソニーさんとお話しするようになったときは、似ている・話が合うと思いました。ソニーさんはモノづくりをしている会社でもありますが、ガチガチなモノづくりの会社さんというわけではなく、aiboを作られたりとか、そういった無機質なものに対して愛着を持つ、魂を込めてモノづくりをするみたいなイメージがあって。エンタメもやはり千早っていう存在に対して魂を感じさせるかみたいなところは、割とそういうモノづくりのアプローチとエンターテインメントのアプローチとで、何かシンパシーを感じるものはありましたね」


バンダイナムコエンターテインメントの石田裕亮氏

上月:「そうですよね。今回のgroovotsには『エンターテインメント向け群ロボットシステム』という名前がついています。ソニーでこれまで開発してきたロボットも、基本的にはエンターテインメントに貢献できるものや、人の心に触れることを価値としてきた、という背景があるかもしれませんね」

 毎週の定例会議を通じ、ライブ興行の常識とエンジニアの開発の常識を徹底的にすり合わせる作業が続いた。リスクを許容し合い、オープンな対話を重ねることで、直線的な仕様確定ではなく、互いの領域を尊重し合うアジャイル的なチームビルディングが実現した。

制約が生んだ「引き算」の美学とBlenderの活用

 演出とロボティクスを融合させる上で最大の課題となったのが、機体の物理的な制約だ。等身大の千早を高品位に表現するための大型機(6D)は、本プロジェクトのために新規で設計・製作されたものであったが、今回投入されたgroovotsには、機体の構造上、ある厳しい制約が存在していた。

――ライブに向けた準備期間において、ロボットのモーションAI開発に携わる赤沼さんたちエンジニアチームから見て、ハードウェアの要件はどのように固まっていったのでしょうか。

赤沼:「エンジニアチームとして聞いていたのは、一つは千早さんご本人が等身大で映せる機体が必要だという要件でした。こちらからは、やはりロボティクスではいろいろ制約が多いものですから、『現状の技術でできるマックスはこういうものです』と制約をお伝えしながら、どういうものがいいのか密に意見交換しました。実は私たちは最初、人型といわれてもっと小さいものを想像していたんです。しかし実際話していくにつれて、やはり演出として手が少し上がったりとか見せ方が入ったりするとこれぐらいの高さが必要ですという仕様についての意見交換などもしていきながら、最終的な大型機の仕様へと収束していきました」


ソニーグループの赤沼領大氏

中野:「もともと、私たちは二輪のロボットを開発しており、それにモニターがついて動く小型機の段階で、ある程度の表現力は持っていました。ただ、車のように四輪ではないので、カニ歩きのような横への平行移動はできないんですよ。まずは私たちが慣れている足回りで勝負させてくださいということで、既存ベースの同じ仕組みで大きくしたという経緯があります。大型機(6D)の足回りもほぼその仕組みです」

――そうした機体の制約を受けて、会場のレイアウトや演出の構成はどのように変化していったのでしょうか。

吉本:「初期の原案では、花道は存在しなかったんです。武道館はエンドステージと呼ばれる北側の方にステージを設けるか、センターステージの2択になってくるんですね。ただ私たちとしては、今回は千早1人ということもあって、センターステージへの思いが強かった。

 そのうえで、センターステージを採用した場合、見切れの観点から、横(ステージの左右)にはお客さんをあまり入れられないという判断になりました。そこで左右の座席は完全に除外して、代わりに花道を設けることになったのです。他にも、例えばサービスモニターを設置する場所だとか、花道の重量制限がどうなるかとか、いろいろな要素を総合的に見ながらでないと、安全なステージレイアウトや演出構成を作れない状態でした」

石田:「よくモノづくりって、要件定義をして仕様通りに全て作っていくじゃないですか。今回は特殊で、弊社サイドで『ここの仕様のハードルは解消しましょう』『いや、物理的にこれは無理です』というラリーの仕分けをずっと行っていました。じゃあここはもう演出をつぶそう、その代わり照明を当ててきれいな光にしようとか、ソニーさんの方からは『うちはこれだったらできる、それできるならこれやりましょうよ』といった具合に。結果論としてあの形になったので、どっちが先かどっちが決まってたかというより、アジャイルな進め方だったのだと思います」

――繊細な動きのやりとりには、Blenderを活用されたそうですね。

酒井:「Blenderを使用したのは、なるべく機体の動作と映像を同時に検証できるツールの方が好ましいためです。私たちがBlenderに慣れていたことに加え、やはり現場での作業において、動作が軽いというのが一番の理由です。ロボットが左右に動けないことや、スピードの制約、安全性などを加味した上で、『こういう動きだったら何か演出に使えそう』という動作のパターンをBlender上で作り、演出チームに提案しました。groovotsの動作パターンは、何十種類も作り、シミュレーションを見てもらいながら、すり合わせていきました」


ソニーグループの酒井光太氏

上月:「でもそれも結局、実機で見ないと分からないんですよね。最初はCGで提示させていただいて演出に使うとなるんですけど、やはり実機を見るとCGを見てるときの感覚とは全然違います。ですのでキャッチボールの連続というか、試してみては修正して、という作り上げ方でした」

 ソニーの社屋には武道館のレイアウトを原寸大で再現できるほどの広い空間がなかったため、極寒の体育館を貸し切り、そこでの通しリハーサルが行われた。あとは武道館での直前リハーサルのみという過酷なスケジュールだったが、CGと実機の感覚差を現場テストで吸収し、照明や演出、動作速度のチューニングを泥臭く繰り返すことで、ロボットの動きに「魂」が吹き込まれていった。センターステージという制約の多い空間だからこそ、要素を削ぎ落とす「引き算」の演出が際立ったのだ。

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