検索
コラム

「宇宙は極低温だから放熱が楽」は本当か? 宇宙データセンターの実現に欠かせない冷却の話(2/2 ページ)

「宇宙空間は真空で冷たく、AI半導体のような高発熱機器も地上より楽に冷やせるのではないか」――そんな直感から、軌道上データセンター構想を合理的な未来像として語る言説もある。だが実際の宇宙機開発では、熱をどう集め、どう運び、どう捨てるかは、今もなお難しい課題だ。

Share
Tweet
LINE
Hatena
前のページへ |       

通信衛星も同じ壁に直面

 熱処理問題は、宇宙データセンターに限らず既存の通信衛星も抱える課題でもある。そもそも宇宙データセンターは、地上のサーバ群をそのまま宇宙へ持ち上げる構想というより、高度化した通信衛星の延長線上にある宇宙機と捉えたほうが分かりやすい。

 現代の通信衛星は、単に電波を中継するだけでなく、衛星内部で大量の信号処理を行うフルデジタル化へ進んでいる。そこでは大電力の電子機器を動かし、その結果生じる熱を宇宙で処理することが重要な設計課題になる。

 従来の通信衛星は「ベントパイプ型」という地上から送られた電波を中継してそのまま地上に返す方式だったが、現代では「フルデジタル衛星」「ソフトウェア定義衛星」と呼ばれる、高出力アンプとデータ処理機能を備えた計算機としての性質を備えた衛星へと変わってきている。一方、フルデジタル衛星やソフトウェア定義衛星は、衛星データ処理量の増大に伴って消費電力と排熱の問題が急速に大きくなってきてもいる。

 フルデジタル通信衛星ではミッションの性質上、アンテナに近い、熱の放散には不利な面に発熱の大きな機器が集中するといった設計を採用する。消費電力の増大もさることながら、この設計も排熱の問題を難しくしている。

 JAXAが今まさに進める最新の「技術試験衛星9号機(ETS-9)」でも排熱は課題だ。ETS-9は高排熱技術とフルデジタル通信技術の実証を志向しており、ペイロード電力(動作に必要な電力) は日本の静止軌道衛星では最大級となる20kW以上(地上のAIデータセンターの1ラック当たりの消費電力に匹敵)を目指している。

 大電力とフルデジタル通信ペイロードの排熱量増大に対応するため、ETS-9では従来のように冷媒を自然に循環させラジエーターに熱を伝える「パッシブ熱制御」を採用していない。新たにポンプを使ってアンモニアなどの冷媒を強制的に循環させ冷却を行う「アクティブ熱制御系サブシステム」(ATCS)を導入した。

 ただし、海外企業から調達したATCSの製造が遅延し、衛星の打ち上げ準備完了が2025年度から2026年度へ見直しになるという、クリティカルな影響も受けている。ATCSは発熱部から放熱面へ熱を伝える能力だけでなく、放熱面が太陽光の影響をどう受けるかといった運用を踏まえたシミュレーションも必要で、設計は容易ではない。

 それでも2025年末にはATCSの開発と確保には目処が立ったとETS-9チームは報告している。海外から導入した技術を日本で小型衛星向けに応用する可能性もあるといい、時間はかかったものの、高発熱機器を宇宙で運用するための熱制御技術を一歩ずつ自前の知見として蓄積しつつある段階だといえる。

 ちなみに、衛星の熱処理問題で苦しんでいるのは日本だけではない。欧州Airbusが開発するソフトウェア定義衛星は、すでに商用衛星として受注を確保しながらも打ち上げが遅延している。

 遅れの理由について、JAXAの小川亮さん(ETS-9チーム プロジェクトマネージャ)は、Airbusの衛星設計情報に大きなラジエーターが途中で追加されていることから、排熱に苦労しているのではないかという見方を示している。通信衛星の開発運用で実績のある欧州でも、熱設計の難しさが高性能衛星の実装を左右していることがうかがえる。

宇宙DCの実現性、鍵は「宇宙で高発熱の機器を安定して動かせるか」

 ここで重要なのは、こうした課題が「通信衛星だけの特殊事情」ではないという点だ。フルデジタル衛星の登場は、通信衛星が電波の中継器から、宇宙で大量の情報を処理する計算機へと変わりつつあることを意味する。

 先述したように、宇宙データセンターも宇宙空間で電力を使って情報を処理し、熱を捨てる「情報処理プラットフォーム」である点で、通信衛星の延長線上にあるといえる。 つまり、ETS-9や欧州の高性能通信衛星で表面化している排熱の壁は、そのまま将来の軌道上データセンターが直面する壁でもあるわけだ。

 そう考えると、宇宙データセンターの実現性は、壮大な構想や打ち上げ機数の多寡だけで測れるものではない。宇宙で高発熱の電子機器を安定して動かせるのか、熱を無理なく輸送し、限られた放熱面から確実に捨てられるのかという、通信衛星開発ですでに始まっている現実的な技術課題をどこまで解けるかにかかっている。


 「宇宙は冷たいから冷却が楽」という直感はわかりやすいが、宇宙機の現実はそれほど単純ではない。通信衛星から宇宙データセンターへ発展させ、宇宙で大規模計算を行うには、膨大な熱をどう捨てるかという古典的で厄介な問題を解かなければならない。

 宇宙に水など大量の媒質を持っていったり、巨大なラジエーターを無制限に追加したりする方法は打上げや衛星設計の制約から現実的ではない。一方、アンモニアなど衛星で実績のある素材を使い、ポンプ循環を含む熱制御技術を高度化する開発はすでに進んでいる。

 宇宙データセンターの実現に向けては、まずは先行する通信衛星で進む高排熱・高電力化の技術がどこまで実用段階に達するのかを見極めるべき段階にあるといえるだろう。

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

前のページへ |       
ページトップに戻る