クールジャパンの失敗は生かされず? 経産省肝いりで始まった後釜施策「IP360」の光と影:まつもとあつしの「アニメノミライ」(3/5 ページ)
2033年までにコンテンツの海外売上20兆円──政府がコンテンツ大型支援策「IP360」を始動させた。だがDeNAへの15億円補助が報じられるや、SNSは「勝ち組へのばらまき」と批判が殺到。同じころ、国立映画アーカイブはクラファンに踏み切る。稼ぐ企業に補助、文化基盤はクラファン。その対比の手前で、いま何が問われているのか。
国立映画アーカイブのクラファン
批判が広がる背景には、間の悪いコントラストがあった。ほぼ同じ時期に、日本で唯一の国立映画専門機関である国立映画アーカイブが、運営資金1億円を募るクラウドファンディングに踏み切った。理由は深刻な予算難だ。26年度の運営費交付金は前年度比44%減の3億5856万円。一方で自己収入目標は5442万円から2億4873万円へと跳ね上がり、光熱費や人件費を含む固定費4億4172万円にも交付金が届かない状況だという。
国費が海外で戦う企業へ大きく動くのと同じタイミングに、唯一の国立映画専門機関は、運営費交付金を4割超も削られ、運営資金そのものを市民のクラウドファンディングに頼らざるを得なくなった。国費の重心が「いま稼ぐ現役」に置かれ、「文化の基盤」が痩せていく構図は、「稼ぐ大企業には補助、稼げない文化基盤はクラファンか」という受け止めを、SNS上で強い説得力をもって広げた。
もっとも、この対比には留保が必要だ。文化庁は報道に誤解があるとして見解を明らかにした。それによれば、国から独立行政法人(独法)国立美術館に措置した26年度の運営費交付金は84.6億円で、前年度から約3.2億円増額している。各館への配分は独法側の判断であり、映画アーカイブの交付金が大きく減ったのは、法人内で全館のバランスを是正した結果だという。さらに、再編の引き金とされた自己収入目標は「展示に係る費用に対する自己収入の割合」の目標であって、収集・保管・教育普及・調査研究には引き続き国費を措置している、と説明する。
つまり「文化庁が映画アーカイブの予算を削った」という構図は、正確ではない。減らしたのは独法内の配分であって、国費の総額はむしろ増えている。だが、構図が正確かどうかと、起きていることが妥当かどうかは、別の話だ。法人内の配分とはいえ、展示への補助の大幅な減額が唯一の国立映画アーカイブにしわ寄せが及び、運営費そのものを市民のクラファンに頼らざるを得なくなった。
そもそも、収集・保存・継承を使命とする、稼ぐことを目的としない公共性の高い機関に、展示などを通じて「自己収入を増やせ」と自助を迫ること自体が、無理があるのではないか。既に大学や図書館などにも同様の問題が生じているが、結果として基盤的機能が痩せ細っているなら、それは政策全体の設計を問う話である。
アーカイブは、稼げるIPの「土壌」である
そもそも国立映画アーカイブとは、何を守る場所なのか。約9万本のフィルムと100万点を超える関連資料は、単なる旧作の記録倉庫ではない。文化の記憶そのものであり、次に生まれる作品を育てる土壌であると同時に、創り手が目指すべき地平を指し示す存在でもある。
クラウドファンディングの開始にあたり、アニメ監督の片渕須直氏がXに寄せた言葉が、その本質を突いていた。
フィルムは時とともに化学的に劣化し、その進行を抑えるには低温・低湿の空調が欠かせない※。徹底した歴史考証で知られる片渕監督は、自らクラウドファンディングで作品を世に送り出した経験を持つ作り手でもある(注17)。その手段の力を体感した作り手が、いま同じ手段で、国の唯一の映画アーカイブの支援を訴えている。
※映画フィルムは硝酸セルロースや酢酸セルロースを基材とし、経年で化学的に劣化する。可燃性の硝酸フィルムは自己分解を起こし、酢酸セルロースは酢酸臭を放って収縮・変形する「ビネガーシンドローム」が知られる。いずれも低温・低湿環境が劣化の進行を遅らせるため、保管庫の空調維持が不可欠となる。
もちろん1回限りのクラウドファンディングで集める1億円が、毎年かかる運営費を恒久的に賄えるわけではない。空調は来年も再来年も動かし続けなければならない。実際、栩木章館長自身、これを「収入の多角化を図るとともに、映画アーカイブの使命と存在意義を広く社会に知ってもらう機会としたい」と位置付けている。喫緊の資金の確保である以上に、痩せていく文化基盤の現状を世に問う行為でもあるのだろう。
「運営費交付金は前年度比44%減」という数字は、率直に衝撃的だった。IP360のように、いま稼げるコンテンツの「種」へ投資することは、確かに重要だ。だが、アーカイブはその種を育てる土壌にほかならない。土壌を痩せさせたまま種にだけ水をやっても、豊かな収穫は続かない。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.