黒板に書くだけ、パワポを読み上げるだけの講義はもう不要 タブレットPC導入を始めた青山学院大学レポート(1/2 ページ)

青山学院大学において、04年秋の講義からタブレットPCを60台配置した教室の利用が開始される。机を円形に配置し、教員が中央に立って行われる世界で初めての新しい試み。その導入に至る経緯と理由を取材した。

» 2004年09月27日 13時38分 公開
[大出裕之,ITmedia]

 全学生・職員にICカードを持たせて構内や自宅からログインしてさまざまなサービスを本格的に提供していることで知られる青山学院大学だが、大学の根幹である講義についても、さまざまなPC導入を試してきている。

 そして今回、タブレットPCを60台揃えて学生や教員が書き込みをしながら授業を進めることのできる教室が完成、04年秋の講義より利用が開始される。そこで事務局の濱中氏に導入に至る経緯と理由を聞いた。

 なお今回タブレットPCが導入された相模原キャンパスは、03年の4月にオープン。祖師谷にあった理工学部と厚木にあった一般教養過程とがまとまったキャンパスである。IT的な工夫もさることながら、環境にやさしく省エネルギーに配慮した、21世紀型キャンパスと言っていい計画がなされている。ちなみに青山学院大学では、相模原キャンパスの竣工に引き続き、渋谷キャンパスの大改装も行われるとのことだ。

相模原キャンパス正門
コロシアム教室のある棟からキャンパス中央のメディアセンター(左)とウェスレー・チャペル(右)を望む
チャペルのステンドグラスは厚木キャンパスから持ってきたものだそうだ

視聴覚教育の問題

――もともとの経緯は、御学のほうでこのようなシステムを入れることを計画したのですか?

濱中 これまでの視聴覚教育には問題あります。最近の教員は黒板を書かないで、PowerPointで教材を作り、それを写しながら話をする。放送大学などがそうですが、一方的に書いたものがスライド的に出てきます。それをノートに書くことでは雰囲気がつかめない、ということです。またあの教材をどうやってノートに書き写すのか、という問題もあるわけです。ひどい教員ですと、1時間で40〜50ページ、使ってしまいます。

 それだけ準備をされいるのでしょうが、学生はそれをどうやってノートを取ればいいのでしょうか。というような問題があります。

 また、実際に学生が理解をするページ数で言えば、1時間に何ページ、という限界がおおよそあります。記録をするなり記憶をするなり、といった時間が必要なのです。

――考える時間が必要ですからね。

濱中 ただただワーっと教員が話し、数十ページ分のプリントをもらっておしまいになるわけです。これがノートか? という問題もあるわけです。ただ聞くだけでは、たいていの場合、どっかへ行ってしまいますね。

 話をするときには間隔があったり強弱があったり、です。それを無視して話をしてしまう。自分で黒板に書くときであれば、強弱をつけて書いているわけです。書く時間もありますから。でもそういうことを一切無視して、出来上がっているPowerPointの教材を全部しゃべると、実際学生には何も残っていかないと思うのです。

大教室と黒板の弊害もなくしたかった

濱中 相模原キャンパスでは理工学部と、文系の一般教養課程が学びます。一般教養課程ですと、これまでどうしても大教室というのを使ってきています。

――いわゆる階段教室ですね。

濱中 一般的な大学では900人といった教室で授業をやることもあります。ですがこのキャンパスではやめようということで、一番大きくても400人を切る教室を、それも3つしか持っていません。そのほか320人が6つ。あとは220人が9つ。それ以外は100人、または50人という規模にしています。

 ちなみに大学生は必ず、べったり隙間なくは座りません。1つおきに座ります。仲のいい子たちだけ、きちっとあけずに座ります(笑)。

 それはともかく、大きい教室で黒板に書く、というのは、後ろに座った子にとってはあまり条件が良くない。まあ寝る子ですとかいろいろいたりしますから、あまり後ろにすると授業に集中しなくなるのはわかっていますので、ここではそういうことのないよう、大教室を作っていません。

 また、こんにちですから、マルチメディアという名の下にパソコンが映り、インターネットができ、テレビやDVDが映るという仕掛けの教室も必要になってくるわけです。

 ただしこれらの機能を目いっぱい使用されてしまうと、学生のほうはその情報をどうすればいいのか、ということになります。教員は結構教材の準備をされます。でも自分はしゃべるだけ、それを使って授業をするだけ。ノートを取る学生のことを誰も考えていないのです。ですので今では携帯のカメラで黒板を撮る学生も出てきているようです。

 そこでわれわれは、講義データを保存して、圧縮をかけてサーバにアップしておき、自分のPCでひっぱってきて復習しなさい、という仕組みが必要だろうということで、今回のタブレットPCを導入したシステムでは実験的に導入を行いました。

 さらに黒板には別の限界もあるのです。プロジェクターで映像を使いながら授業するとすると、スクリーンを上から下ろす必要があります。その場合、黒板にどうやって書くのか? といった問題があるわけです。スクリーンでふさがってしまい、両サイドしか空いていないといった状況になるわけです。

 これまでにもいろいろと試行錯誤を繰り返してきました。たとえば1つのホワイトボードをスクリーンにして写しつつそこに書ける、とか。ホワイトボードの上に、スイングして出てくるプロジェクターをつけました。これは前で教員がしゃべっても影が映らないのでよかったですね。ただ、プロジェクターで映しているPowerPointのの画面を切り替えると、前のページに書き込んだものがホワイトボードに残ってしまったりはするので、これを消さなくてはいけない(笑)。

 で、タブレットPC上で書いてそれをそのままプロジェクターなどで映すのがよりよいだろう、ということで。

大学事務局次長 相模原キャンパス担当の濱中正邦氏

待っていたタブレットPCの登場

――よりよい講義環境のありかたについて検討してきた、ひとまずの解がタブレットPCだったと?

濱中 実は10年以上前から技術的に追いかけてきた問題なのです。一番目標にしてきたことは、大教室で黒板に書くのではなくて、究極には手のひらサイズで書く、それがプロジェクターで映せる、という仕組みが作りたかった。ところが10年前ですと無線LANも弱いし、タブレットもワコムさんが持っているけれども、あれはタブレットだけであって線を引けないという問題点があった。

 われわれは当初シャープのザウルスで始めました。12、3年前になりますか。それで黒板のノートを取るということを試していました。

 そういう実験を繰り返していくうちに、やっとここにきてタブレットPCが登場してきた。最初に出てきたタブレットPCはどれも処理能力が遅く、ペンの先を追いかけてそれを映そうなどということは、まず難しかった。実際に実験をしたのだが、うまくいきませんでした。

 またペンの先を追いかける情報が、なかなか高速に取り出せない仕掛けだった。今回タブレットPC導入に至ったのは、その辺を、韓国系のベンチャーのアプリケーションによって解決できました。PowerPointの資料そそのまま映し出して、その上から書ける。そして一緒に他の大画面に映す。それと同時に講義内容をそのまま動画として圧縮して、録画できるようになっています。

――書き終わった後の情報というわけではなくて、プロセスを動画で保存する、というわけですね。

濱中 音も入ります。1コマ分の講義の画面を動画にして残すわけです。

――1時間でどのくらいのデータ量になるのでしょう?

濱中 90分で、12、3Mバイトで収まります。たいしたことはありません。

 ひとつ気にしていたのは、60台のクライアントタブレットPCに同時に書き込ませてちゃんと動くかどうかが問題でした。学生も先生もタブレットPCで書くわけです。60台が一つのページに同時に書く場合や、4つにグループ分けしたグループの中ごとに、別に書かせるという場合もあります。1つのページを60人全員で共有することもできれば、特定の学生同士だけで共有させることもできます。

ちなみに青山学院大学では、履修登録やイベント情報など掲示板以上の機能がICカードによる認証システムで利用されている。ここまでIT化された大学は、恐らく世界でここにしかない
缶ジュースもICカードで買える

教室の形態もチャレンジング

――今回タブレットPCを導入した教室では机が円形に並ぶ、変わった形態をしていますね。

濱中 この円形の教室はコロシアム教室と呼んでいます。要するに教員と学生が競技をしてください、バトルをしてください、と言う意味で作っています。この真ん中に立ってしゃべるということはつらいですよ。これは建築チームから教員方へのプレゼント、挑戦なのです。旧態依然とした講義はするな、という。

 今までと違う機能として、対面したチーム同士がお互いにプレゼンテーションをして、中間のチームがジャッジをする、と言ったこともできる仕掛けになります。書きながら全員が正面を向く。

――こういう教育を受けたことがないので、あまり想像がつかないです。

濱中 逆に言えば、こういう教育をしたことがないので、教員は戸惑っています(笑)。このような教室を持っているのは、世界でわれわれだけです。この夏に、みなさん仕込みをしているでしょうね。まずタブレットPCを使ったことがない教員も多いですから。どうなるか見ものですね。

 またこの教室は、中央に教員が立ちます。60人教室ではありますが席が3列しかないのですよ。中央にいる教員と学生との距離が非常に近い。グループでの活動の場合でも、ちょっと後ろを向いたりすればそれでまとまれるわけです。

 やはり授業と言うのはアメリカタイプで、予習をしてきて講義ではディスカッションするということをしないと、効果が上がらないだろうと思います。で講義が終わった後で自分たちで過程を検証することができるよう、動画で記録できるようにしました。

 世間はE-ラーニングに走っていますが、それであればこういう学校を作る必要はないのです。人間同士のふれあいがない授業は問題だと思いますので。

 ちなみにタブレットPCをこのような実験的な教室だけに導入するのではなく、通常の教室にプロジェクターとともに導入して黒板代わりにすることは考えています。これは概念図ももう起こしています。普通はプロジェクターに映すだけ。先生は説明するだけ。他には何もできない。それに比べて書き込みができるタブレットPCというのは大きいのです。コロシアム教室と同じソフトを使用して講義を録画するつもりです。

ニーズは現場から生まれる

――ITという言葉ができる前から、御学ではPC導入について力を入れていたと聞いていますが。

濱中 タブレットPCそのものも、ずっと昔からアイデアはあるわけです。しかし、どういうニーズがあるか、どこで使えるか、という話ができるのは、恐らくメーカーさんではないでしょうね。

IDカードを読み取るリーダー。PCのあるところには必ずこれがある

 NECには昔からオーダーメイドPCを作ってもらっていました。液晶一体型のPCってありますよね。あれは世界ではIBMが最初に作りましたが、アイデアは私が出しました。ですが通関などのからみで商品を持ち込めなかったので、そっくりそのままNECに作ってもらったのが国産機の最初です。

 一体型を作らせた理由は、机の上が狭かったからです。学校向けでもビジネスユースでもそうですが、以前からあるタワー型PCは大きいですから、足元に本体を置くときつくなります。また、従来120人が入れた教室に、PCを入れると60人しか入れなくなる。ですのであの奥行きの無い一般の講義机に乗るPCというのも作った。

 それ以前にDOSからWindowsに入れ替わる際には、両方が動くPCにする必要がありました。そういうのをお願いをしてずっと作ってきました。

タブレットPC手に教員と学生が闘うコロシアム

 前ふりはこのくらいにして、実際のコロシアム教室の様子を見てみよう。

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