電力会社を救済する新制度、火力発電の投資回収と原子力の廃炉費用まで:動き出す電力システム改革(72)(3/3 ページ)
政府が検討を始めた電力システム改革を「貫徹」する施策の中には、電力会社を優遇する案が盛り込まれている。火力発電所の投資回収を早めるための新市場の創設や、原子力発電所の廃炉費用を電気料金で回収する新しい制度だ。電気料金を上昇させる要因になり、国民の反発は避けられない。
電力会社には「グロス・ビディング」を求める
この新制度を実施するのと合わせて、「グロス・ビディング(gross bidding)」と呼ぶ制度の導入も検討することになる。電力会社の発電部門と小売部門が直接に電力をやりとりせずに、卸電力取引所を通じて電力を売買する。英国や北欧で導入している制度で、大量の電力を供給する電力会社がグループ内で有利な条件で取引できないようにするための措置である。
2020年4月に実施する発送電分離は厳密には「送配電部門の中立化」である(図9)。電力会社は送配電部門を別会社として分離する必要はあるが、発電部門と小売部門を一体のまま事業の運営を継続することが可能だ。発電部門がスケールメリットを生かしてコストの安い電力を作って、小売部門に優先的に供給できる。
特に原子力で発電した電力は燃料費だけで比較すると、火力発電よりもコストが低くなる。電力会社が低コストの電力をグループ内に供給する一方で、燃料費以外に発生する巨額の廃炉費用や使用済み燃料の処理費用を他の事業者にも負担させることは明らかに不公平である。
そこで廃炉費用を広く託送料金で回収する代わりに、原子力で作った電力は卸市場に供出して売買することを義務づける。電力会社の小売部門は発電部門が原子力で作った低コストの電力を独占して調達できなくなる。グロス・ビディングを実施することで、原子力に伴う不当な競争状態を回避する狙いだ。
政府は電力システム改革を貫徹する施策の1つとして「ベースロード電源市場」の創設を検討している。石炭火力や原子力など大量の電力を安定して供給できるベースロード電源を対象にした取引市場である。この市場を創設したうえで、電力会社にグロス・ビディングを義務づける方法が考えられる。
電力会社は原子力によるコスト面のメリットを享受できなくなる。一方で小売電気事業者は市場を通して安いコストで電力を調達できるものの、原子力による電力を取り扱えば利用者から敬遠されるリスクがある。日本の電力市場で原子力を含めた形のグロス・ビディングが効果を発揮するかは疑問だ。
とはいえ原子力の廃炉費用を託送料金で回収するためには、同時にグロス・ビディングの導入は避けられないだろう。もはや国民から見て必要性が薄れた原子力を無理やりに推進しようとする政策の矛盾が露呈し始めた。「国策民営」の原子力発電の限界が近づいている。
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