気候変動対策の“主役“は、なぜ国から産業界へシフトしているのか:「ポストパリ協定時代」における企業の気候変動対策(2)(3/3 ページ)
「パリ協定」以降の企業の気候変動対策について解説する本連載。第2回では気候変動対策に関連するパリ協定前後の世界の動向とともに、2014年9月に設立された代表的な気候変動イニシアチブである「SBT(Science Based Target)」の概要を説明する。
“企業版2℃目標”としてのSBT
SBTは、環境省によって「企業版2℃目標」という訳語が当てられている。これはSBTがまさにパリ協定がめざす目標そのものであることを分かりやすくするための意訳で、直訳すれば「科学に基づいた目標(数値)」となる。
ところで、「科学に基づく」とは、具体的にはどのような意味だろうか? これは、地球温暖化に関する科学的知見の集約と分析を専門とし、130カ国数千名の専門家によって構成されるIPCC(国連気候変動に関する政府間パネル)第5次評価報告書の、「CO2の総累積排出量と世界平均地上気温の変化は比例関係にある」という主張に基づいている。すなわち、過去からさかのぼって今まで積み上げてきたCO2の累積量によって、温暖化の度合いが決まるということだ。
温室効果ガスを全てCO2のトン数で換算した場合(例えば、メタンガスはCO2の25倍温暖化能力が高いため、メタンガスが1トン排出されることはCO2が25トン排出されたと同等と見なす)、産業革命以降、今までで既に約2兆トンのCO2が排出されてきている。一部は海洋によって吸収されたが、これにより結局地球上の気温は約1℃上昇した。もし地球温暖化の程度を2℃以内に抑えるのであれば、許されている排出量の上限は3兆トンである。つまり、残り1兆トンしか排出の猶予がないということだ。あと1兆トンを排出してしまう前に、全ての国の全産業で「ゼロ・エミッション」を達成しなければならない。
ちなみに、現在世界中の地下に埋もれている化石燃料の可採埋蔵量に含まれるCO2排出量は合計で約3兆トンもあるといわれている。上記の「1兆トン制限」を鑑みると、残りの2兆トンは仮に採掘できても燃やすことができない=燃料として使用できない、ということになる。化石燃料関連産業からのダイベストメント(投資の引き揚げ)が進む原因である。
さて、CO2の「1兆トン」とは、具体的にどの程度の量だろうか? パリ協定が締結された2015年、この1年間で世界は329億トンのCO2を排出した。中国は全体の約28%を占める93億トン、米国は15%を占める50億トンを排出した(日本は11.5億、3.5%)。このままのペースが続けば、約30年(2045年)でプラス1兆トン排出=2℃超えが達成されてしまう計算になる。2020年の東京オリンピック・パラリンピックの年に生まれた子どもが成人し、社会人になったあたりで、世界中が壊滅的な気候変動に見舞われているということになってしまう。
企業に対してSBTの設定と開示を呼びかけているSBTイニシアチブ※1では、こうした事態を避けるために、各企業が自社エネルギー消費由来のCO2排出の、長期的な削減目標の設定を呼びかけている。
次回はこのSBTの目標設定における詳細と、企業が取り組む際のポイントについて解説する。
※1 出典「SBT(企業版2℃目標)について」(環境省・みずほ情報総研)
関連記事
- 世界で広がるESG投資、企業も気候変動対策を無視できない時代へ
気候変動対策への取り組みが、企業価値にも影響を与える時代になりつつある現在。本連載では「パリ協定」以降における企業の気候変動対策の動きについて概説し、各種イニシアチブの紹介や、それらが設立に至った背景、そして実際の企業の動きについて実例を交えて紹介する。 - 再エネが企業競争力を高める時代へ、脱炭素化を目指す日本企業の戦略とは?
企業による再生可能エネルギー導入拡大の動きが、日本でも加速している。再生可能エネルギーへの積極的な取り組みは、企業の競争力を高めることに結びついているという。本稿では、RE100への加盟でも知られる積水ハウスとイオンの取り組みについて紹介する。 - 日本企業で初の「RE100」加盟、リコーはなぜ再エネ100%を目指すのか
事業の電力を100%再エネで調達する目標に掲げる企業が参加する国際イニシアチブ「RE100」。日本企業で初めて、このRE100への加盟を決めたのがリコーだ。同社にRE100に加盟した背景や、再生可能エネルギーを活用していくことの狙いについて聞いた。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.