サプライチェーンの脱炭素化の鍵となる「Scope3 排出量」、その算定手順と対策事例:TCFD提言を契機とした攻めのGX戦略(2)(3/3 ページ)
TCFD提言を契機とした企業のGX(グリーントランスフォーメーション)の実現に向けた方策について解説する本連載。第2回では、TCFD対応の一つでありサプライチェーンにおける温室効果ガス排出量を指す「Scope3排出量」について、具体的な対応の手順について解説する。
事例で見るScope3排出量削減を通じた強固なサプライチェーン構築
最後に、Scope3排出量削減に向けたサプライヤーと協業することにより、削減施策の選択肢が増え、排出削減が加速されることに加えて、サプライチェーン排出量削減を志向する企業との新規ビジネス開拓にもつながるなど、強固なサプライチェーン構築につながるような事例を踏まえて私見を紹介したい。
まず検討すべきは、包装容器の軽量化などであろう。食品包装で考えるとフィルムの薄型化やトレイの薄型化、缶入り飲料に関しては缶自体の薄型化などがイメージしやすいであろう。筆者もこれまで多くの企業の削減取り組みに関わらせていただいているが、まずこうしたの取り組みを推奨することが多い。
その第1の理由としては、比較的早めに効果が期待できるからである。後述する素材変更や設計変更の方が効果は大きいが、成果が出るまで一定の時間がかかるため、これらと並行してまずは包装容器あたりから協業に着手するのが良いと考える。ただ、この場合でも闇雲に始めるのではなく、Scope3排出の全体像を把握したうえで、インパクトが大きく、協力を求めやすいサプライヤーから徐々に協業を広げていくのがよいだろう。
また第2の理由として、効果が広範囲で期待できることが挙げられる。具体的には「カテゴリ1 購入した製品・サービス」のみならず、「カテゴリ4 輸送」、「カテゴリ12 販売した製品の廃棄」についても排出削減が期待できる。また、軽量化までは難しくても、容器の形状を変更することで積載効率を高め「カテゴリ4 輸送」の削減を実現した事例もある。
最終的には素材・設計変更の検討を
サプライヤーとの協業においては、最終的には製品の素材変更や設計変更にまで踏み込むことを目指したい。例えば、自動車部品の一部の素材をアルミから鉄に変更することでGHG排出量を約3割減少した事例もある。もちろん従来素材と同等以上の安全性・性能が求められるため、より一層の綿密な調整が必要なことは言うまでもない。
公表されている事例ではないので詳細は紹介できないが、「従来当然のものとして考えられてきた機能や部材を省略もしくは他の手段で代替」したり、「使用に支障がない範囲で商品の大きさ・幅などを縮小」したり、「外箱・ケーシングを思い切って廃止・縮小する」など、サプライヤーとの協業の深化により、これまでの常識にとらわれない新たな商品開発や商品設計変更のアイデアがわき、ひとつひとつは小さくても積み重ねることで結果として大きなGHG削減/コスト削減につながったケースもいくつか拝見してきた。
電力・エネルギーの見直しも有効
また、製造工程における投入エネルギー低減も有効な対策だ。例えばサプライヤー生産拠点の電力をすべて再エネでまかなえれば、「カテゴリ1 購入した製品・サービス」排出量の大幅な削減が見込める。ただこれは再エネ導入をサプライヤーに一方的に押し付けるだけでは導入は進まない。サプライヤーに寄り添い協力して再エネ導入を実現するという姿勢が必要である。
例えばApple社はサプライヤーに自社製品の製造をすべて再エネ電力で行うことを求めている。一方で、サプライヤーに対し、再エネ電力移行に関する国ごとの情報やトレーニング教材等の提供や、再エネ分野のエキスパートを招いての教育機会の提供などの手厚い支援を同時に実施している。結果として2022年4月時点で主要な製造パートナー213社が25カ国で再エネ電力への移行を約束6している。
6.https://www.apple.com/jp/newsroom/2022/04/apple-helps-suppliers-rapidly-accelerate-renewable-energy-use-around-the-world/
高い削減効果が見込める「物流領域」
その他、効果が期待できる対策として、物流の効率化が考えられる。まず挙げられるのが、貨物輸送を自動車等から環境負荷の小さい鉄道や船舶の利用へと転換するモーダルシフトの推進である。国土交通省によると、トラック輸送からモーダルシフトした場合、船舶輸送では約5分の1、鉄道輸送では約10分の1のCO2排出量になるという。7
7.国土交通省 モーダルシフトとは https://www.mlit.go.jp/seisakutokatsu/freight/modalshift.html
また協業他社と一緒に共同配送センターを設置したうえで、各社混載で一定区間の配送を実施する共同配送の取り組みも有効だ。ビール、食品、医薬品業界などで既に取り組みが実施されている。
国内外企業の脱炭素意識は間違いなく高まっている。サプライチェーン全体のカーボンニュートラルを標榜している企業は増えており、サプライヤーにも排出削減を要請するケースは今後増々増えるだろう。これをネガティブにとらえるのではなく、ビジネス拡大のチャンスだと是非ポジティブにとらえていただきたい。
ここまで紹介してきたようにScope3削減を契機にサプライヤーと協業を深化させることは、不確実性が高い現代において、互いを不可欠のパートナーとして、より一層結びつきを強めることになる。それは現行サプライチェーンの強靭化のみならず、パートナーとともに国内外の新たなサプライチェーン網の新規開拓にもつながる大きなチャンスなのである。
次回は、グリーンエネルギーへの先行投資について紹介する予定である。
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