主要国のエネルギー戦略における水素の扱いはどう違うのか? 〜その役割と将来展望〜:「水素社会」に向けた日本の現状と将来展望(1)(4/4 ページ)
「水素社会」の普及・実現に向けた動きが加速する中、企業は今後どのような戦略を取るべきなのか。その示唆となる国内外の情報をお届けする本連載、第1回となる今回は米国やEUなど、各国における水素の位置付けや現状、今後の見通しなどについて解説する。
(ii)米国の状況と展望
米国の水素戦略は、グリーン水素を優先しているがブルー水素とのハイブリッド型であることが特徴的である。米国は従来から原油の回収率を向上させるEOR(Enhanced Oil Recovery:石油増進回収)技術を用いてきており、それを応用してCO2を利用するCCUS(Carbon dioxide Capture, Utilization and Storage:CO2の回収・貯留・利用)プロジェクトが数多く立ち上がっている。このように、他国に比べてブルー水素を導入する素地があるため、ハイブリッドで水素導入を推し進めている。
主な政策としては、2023年6月発表の国家クリーン水素戦略とロードマップがある。当戦略では、クリーン水素の年間生産を2030年までに1,000万トン、2040年までに2,000万トン、2050年までに5,000万トンへ拡大するという野心的な目標が掲げられている。ここでいうクリーン水素の定義は、水素生産量1kg当たり、生産値で発生するCO2換算で2kg以下の炭素強度を持つ水素である。この定義内であれば、ブルー水素もクリーン水素として扱われる。
また、2021年11月に公表されたインフラ投資・雇用法(IIJA)では、クリーン水素ハブの拠点整備に注力することが明記されており、総額70億ドルの助成金を拠出して6〜10件程度のハブ候補地を今後選定する予定である。
財政支援のもう1つの大きな法案として、2022年8月に創設されたインフレ抑制法(IRA)がある。大規模な税額控除制度で、生産される水素の炭素集約度に応じて10年間最大3ドル/kgの生産税額控除か、投資額の最大30%の投資税額控除を選択できる。
次回の大統領選の結果で状況が一変する可能性も
最後に、米国における水素動向を一変させ得る事象について触れておく。2024年の大統領選挙である。気候変動対策に懐疑的だった共和党のトランプ前大統領時代は、パリ協定離脱に加え、化石燃料が重視されるなど、脱炭素政策とは距離があった。これが民主党のバイデン大統領に変わった途端に、脱炭素を重視する政策となったのは周知の事実である。
このように、政権によって政策が大きく変化するのが米国の特徴であり、2024年の大統領選挙の結果次第では水素産業への注力具合も一変し得る。よって、日本企業含め水素関連投資を検討する企業にとっては、来年に迫った大統領選挙を意識する必要があるだろう。
(iii)中国の状況と展望
中央政府は2022年3月に、水素関連の長期計画として初となる水素エネルギー産業中長期計画(2021-2035年)を発表した。2025年までにFCV5万台の普及、グリーン水素製造10〜20万トン/年を目指すもので、各主要都市もそれに続いて独自の数字目標を公表した。
また、財政支援としては、2020年9月に「燃料電池自動車モデル都市申し込みに関する通知」を行っており、2025年までに年間最大17億元の助成をFCVに行う予定である。
グリーン水素製造の目標値から分かる通り、中国の水素産業はまだまだ発展途上であり、成長を支援する制度も他国と比べると遅れているのが現状である。ただし、その成長ポテンシャルは大きい。中国は風力・太陽光発電ともに世界トップクラスの総発電容量を誇っており、今後電力系統の需給バランスの調整役、つまり再生可能エネルギーの余剰電力の有効利用先としてグリーン水素に注目が集まるのは必然とも言える。
世界の水素需要量で中国は1位であり、供給源がクリーンな水素に変換しない限りはカーボンニュートラルも実現し得ないことから、今後はグリーン水素産業の大きな巻き返しが見込まれる。その際に必要となるのはグリーン水素製造のための水電解装置で、近年中国は同分野で急成長を遂げているが、日本は世界に先立って技術開発してきた分野でもあるため、中国の巨大な水素需要を取り込む機会となり得る。
以上がEU、米国、中国における水素の位置付けや関連政策、将来動向であり、今後の注目点とともに図5にまとめる。
ここまでで、脱炭素エネルギーとしての水素のポテンシャルおよび各国における水素への期待の高さを理解してもらえたのではいかと思う。また、国によって異なる事情から生まれる注力する水素の分類や位置付け、関連政策、そして将来動向について述べてきた。
連載第2回では、諸外国の特徴を生かした最新の水素ビジネス事例を紹介し、日本企業が国内外で水素ビジネスを展開する上で、考慮すべきポイントを考察する。
著者プロフィール
株式会社クニエ グローバルストラテジー&ビジネスイノベーション担当 パートナー 胡原 浩(こはら ひろ)
グローバルストラテジー&ビジネスイノベーションリーダー。主に経営・事業戦略、経営企画・改革支援、新規事業戦略、M&A、イノベーション関連等のプロジェクトを担当。 グローバルにおける脱炭素・カーボンニュートラル、エネルギー、EV/モビリティ、蓄電池とハイテク関連の経験豊富。 早稲田大学理工大学院卒業、早稲田大学経営管理研究科(MBA)。
株式会社クニエ グローバルストラテジー&ビジネスイノベーション担当 シニアコンサルタント 岩本 遼(いわもと りょう)
石油元売り、総合化学メーカーを経て現職。エネルギー・環境分野を中心に、企業の事業戦略策定や新規事業構築、GX・DX推進などを支援。
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