トヨタは日本を諦めつつある 豊田章男社長のメッセージ:池田直渡「週刊モータージャーナル」(5/5 ページ)
日本の自動車業界は今後どうなるのか。タイトヨタの設立60周年記念式典、およびトヨタとCPグループとの提携に関する発表から、未来を展望する。
BEVの現実に気付かない日本政府
日本のマイナス23%は、東北大震災による原発の停止を受けてすら「すぐできること」を現実的に進めてきた成果であり、日本政府はこれをCOP26、グラスゴー会議で訴求して、日本メソッドとして世界のCO2削減をリードすることもできたはずが、なぜかやりこめられて帰ってくる始末。むしろトヨタはカーボンニュートラルに消極的なメーカーとレッテルを貼られてしまった。数字が読める程度の知能があればそんなバカな話になるわけがない。
ただ乱暴に「BEV」を連呼したところで、現実の数字はそれを否定している。もちろんBEVが要らないわけではない。実際CJPTのプロジェクトにもBEVが受け持つ領域はある。とにかくBEVにすれば改善するという様な簡単な話ではなく、もっと丁寧にケースバイケースで現実を考えなければ本当のCO2削減にはたどり着けない。それはCJPTの計画を見れば腹落ちするはずだし、何よりも自工会が発表したグラフの実績値が示している。マルチソリューションが必要なのだ。
豊田社長は、今回のCPとのジョイント事業について、タイ政府の首脳陣から「ありがとう」と言われたと感慨深げに語った。それはそうだ。23年に行われるUAEのCOP28までに、トヨタとCPは、眼に見える成果を出すことを目標にしている。それが本当にうまくいけば、タイ政府は自らいろいろと施策を打つ必要もなく、トヨタとCPに全てを委ねているだけで、COP28に胸を張って出ていって成果を挙げられる。「わが国は1年でこれだけの削減をやってのけた」そう言えるのだ。日本政府が無駄使いした「実績」という最強のカードをタイ政府は有効に使える。
「エンジンはオワコン。今すぐ開発や生産をやめて、BEVに全振りしない会社は出遅れ」と叫び続ける人がいる。しかし今、無情にも、リチウムがどうやっても足りない。そして彼らが主張してきた「バッテリーがどんどん安くなることを理解しないからBEVの未来を疑うのだ」という主張は、大外れが確定しつつある。もちろん革命的な素材が現れて、価格低減を実現する未来はあるかもしれないが、少なくとも、今この時点では不確実性を大幅に増した状態を迎えている。
「採掘量が限られている鉱物に需要が集中すれば必ず価格は高騰する」。これはずっと前から、トヨタも筆者も共通して主張してきたことである。後になってみれば当たり前の話ということになるのだろうが、議論の最中ではそれが聞いてもらえなかった。既に欧州も中国も現実に気付き始め、おっとり刀で水素に取り組み始めている。さらに言えば、e-fuelなどの合成燃料を用いた内燃機関もまた視野に収め始めている。
筆者はともかく、トヨタの主張に耳を貸さなかった政府は、その結果、まさに出遅れた。むしろ世界から周回遅れになってなお、BEVの現実に気付かない。端的に言って、トヨタはそういう政府に愛想が尽きた。政府に向けて何度も発信した「仕事をさせてください」という豊田氏の言葉は全く届かなかった。一方でタイはトヨタの尽力に対してちゃんと「ありがとう」が言えた。その差がどういう結果を招くかがこれから現実になって行くことになる。
ということでひとまず前編を一度締める。1月3日掲載予定の後編ではもう少し、プロジェクトの詳細を掘り進めていくことになる予定だ。
(後編を読む)
筆者プロフィール:池田直渡(いけだなおと)
1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(カー・マガジン、オートメンテナンス、オートカー・ジャパン)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミュニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。
以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う他、YouTubeチャンネル「全部クルマのハナシ」を運営。コメント欄やSNSなどで見かけた気に入った質問には、noteで回答も行っている。
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