見る側の知見が試される、「切り抜き動画」の未来 実際に切り抜いて改変してみた:小寺信良のIT大作戦(2/2 ページ)
プロならば、動画は編集技術次第で文脈をいともたやすく変えられる。
後半部分は、映像のサイズを変えることで、顔が同じサイズでジャンプしてしまう違和感を誤魔化している。つまり2台のカメラがあって、スイッチャーで切り替えたかのような状況を編集で作り出すわけだ。また語尾の部分は、音声だけを入れ替えて映像はそのままなので、編集点自体がなくなっている。
編集点の喪失という点に加えて、前半の正しいことを言っている字幕が後半まで通しで入っていることで、さらに「一貫性」という軸が生まれる。
今多くのテレビ番組で、タレントのしゃべりに合わせて字幕を入れる手法が見られるところだ。私たちはこうした演出によって、無意識に字幕とは喋った内容を要約しつつ、正しく反映するものだと考えるようになった。そして逆に、字幕の内容どおりのことを、映像でも言っているはずだと感じるようになっている。
とはいえ、われわれのような映像のプロならば、こうした寄り引きのカット割りが行われていれば、そこに編集点があると見破ることができる。だが昨今は、プロでも一見しただけでは編集点が見破れない編集方法が登場した。Premiere Proではモーフカット、DaVinci Resolveではスムースカット、Final Cut Proではスムーストランジションと呼ばれている、一種のトランジションエフェクトである。
これはジャンプした両カットの編集点を分析し、映像をモーフィングによって変形、接続する技術だ。
大きく位置が動いている中盤ではただのディゾルブのように見えることがあるが、後半のようにうまく条件が合えば、編集点を「溶接」することができる。こうなると我々プロでも、録画したものをジョグで1コマずつみて判断しなければ、見分けることは難しい。こうした技術は、上記編集ソフトがあれば、誰でも標準のトランジションとして利用することができる。
ライブ動画の配信者と「切り抜き動画」の制作者が同じ場合、あるいはきちんと連携が取れている間柄であれば、もともと意図していないようにわざと編集するということは起こらないだろう。だが誰でも「切り抜き動画」を作れてしまう現在、ライブ配信者に何らかの損害を与えるために、言っていないことを動画で言わせ、しかもそれがうそだと見破られないようにするということは、技術的に難しくなくなっている。
こうした「うそ」の動画が出回った場合、ライブ配信者本人が否定することで収束するかどうかは、分からない。「うそ」の方が面白ければ、多くの人にとってはそれが事実かどうかはどうでもいいからである。つまり人は、面白いほうを信じるし、それをまた人に吹聴するのだ。
加えて、こうした編集動画の事実確認には時間がかかる。5分の動画にうそがあっても、それを検証するためには2時間のライブ動画のアーカイブを見なければならないのだ。検索でぱっと見つかるようなものではない以上、誰がそんな手間をかけて検証してくれるだろうか。
動画というフォーマットは、昔に比べれば破格に扱いやすくなった一方で、編集したものから逆にさかのぼるようなことは、大変手間がかかる。技術開発も、そんなところに力を入れてくれるのかどうか分からない。
今はまだ、「切り抜き動画」の事実関係は用心しながら見ていくという、人間側のリテラシーでカバーしていくしかないのが実情であろう。
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