e-Day:巨漢のフィリップ・カーン
| 【海外記事】 | 2001.06.04 |
JavaOneカンファレンス開幕の朝,懐かしい人を見つけた。1982年,フランスから米国にやってきて,ボーランドを創設したフィリップ・カーンだ。詰め掛けたJavaデベロッパーたちの多くは,モスコーニセンター北館の上にあるテラスで朝食を取る。
朝食といっても,コンチネンタルタイプの朝食を大急ぎで胃袋に押し込んで,また足早にオープニングの基調講演会場へと向かうのだが,彼と仲間たちはテラスのテーブルを占拠し,ノートブックPCを叩きながら何か真剣な顔つきだった。

そうそう,フィリップ・カーンをそもそもご存じだろうか?
巨漢に人懐っこい笑顔がトレードマークだったカーンは,ボーランドでPascalやC++の開発ツールをヒットさせたが,それに飽き足らず,1991年にデータベースの傑作「dBASE」を擁するアシュトンテイトを買収,表計算ソフトの「Quattro Pro」も製品ラインに加えた。
さらに,ワープロソフトの代名詞ともいえるワードパーフェクトと提携し,デスクトップスイート「Borland Office」を合作・リリースするなど,総合ソフトウェアベンダーの一角に食い込むまで一気に成長した。
だが,それも3年後の1994年になると,カーンは自ら設立したボーランドを去らなければいけなくなった。
かなり強引にアプリケーションベンダーへの脱皮を図ったがExcelを前にQuattro Proが伸び悩んだボーランドと,Wordにやられっぱなしのワードパーフェクトが手を組んだところで,Windows 3.1が順調に地歩を固め始めたマイクロソフトに太刀打ちできる本当のシナジーが生まれたかどうか……。
話は少しばかりカーンから離れるが,DR DOSでは苦汁を飲まされた上,Windows NTによってネットワークOSの分野でも挑戦状を叩きつけられたノベルが,業界の盟主としてマイクロソフトと渡り合うためにワードパーフェクトを買収,Borland Officeも引き継いだのはご存じのとおり。
それにしても,その後のノベルを考えると,オフィススイートはまるで疫病神みたいだ。サンもドイツのスターディビジョンを買収して「StarOffice」を手に入れているが,あまり深入りしない方がよさそうだ。Linuxをサポートするオープンソースのオフィススイート,という点で価値はあるものの,日本語化も大幅に遅れている。厄介な存在に違いない。
フィリップ・カーンは,ボーランドを去ったあと,すぐにスターフィッシュを設立し,携帯情報端末向けのデータシンクロ製品を開発した。「TrueSync」と呼ばれる彼の製品は,デスクトップやサーバのデータとモーバイルデバイスとのあいだで,ワイヤーおよびワイヤレスを問わずデータの同期を取ることができるというものだ。
1998年にはさらに,ワイヤレスインターネットとデジタルカメラに着目し,携帯電話でビジュアルコミュニケーションを実現するためにライトサーフを新たに設立した。
携帯電話が固定電話を追い越したケータイ天国の日本だが,ショートメールひとつ取っても,メッセージをやり取りできるのは特定のキャリアや機種が限定されてしまう。ましてや写真まで,となるとさらに厳しい。ユーザーとしては,相手のデバイスをいちいち気にせず,だれにでも写真を送って感動を伝えたいところだが,実際のシステムはなかなかそうはなっていない。
カーンは,ゲートウェイを介すことで,モーバイルデバイス(携帯電話,PDA,デジタルカメラ)からデジタル写真などをほかのデバイスへすばやく転送するソリューションを開発した。ピア・ツー・ピアはもちろん,モーバイルデバイスからWebサーバへのアップロードもできる。デバイスを選ばない,ということでJavaを採用しているという。
テラスでキーを叩くフィリップ・カーンのあまりの真剣な顔つきに,JavaOneで大切な商談でもあるだろうか,と想像をめぐらしたが,オープニングの基調講演のときにはサンの幹部らと最前列の席にいた。そう,サンからゲストとして招かれていたのだ。
1万7000人のJavaデベロッパーが詰め掛けたモスコーニセンターで,サンのエド・ザンダーCOOにステージに引き上げられた彼は,巨体を丸めながら小さなデジタルカメラでザンダーのスナップ写真を撮って自社の技術をデモした。
1970年代,スイスのチューリッヒでPascalの研究に携わったフィリップ・カーンが,今はなぜかデジタルカメラに関連する技術を開発している。わずか数分のステージだったが,きっと本人は楽しんでいたに違いない。
[浅井英二 ,ITmedia]
