Gartner Column:第4回 マイクロソフトの.NET戦略は何故わかりにくいのか?

【国内記事】 2001.06.25

 マイクロソフトの.NET戦略に関する情報は豊富にあるが,もうひとつ全貌がつかみにくいと思っている人は多いのではないだろうか。その原因は,同社のブランド戦略のあいまいさにあるところが大きいと思う。

 .NETはマイクロソフトの将来を決定する総合的ビジョンだが,同社はこの言葉にあまりに多くの意味を込めすぎているようだ。1:Webサービス戦略,2:Webサービスを実現する疎結合型プログラミング・モデル,3:COM+の後継となる密結合型プログラミング・モデル,4:単なるサーバ製品ファミリーの名称,などといった要素にすべて.NETというブランドを与えてしまっている。ひとつの言葉に多くの意味をもたせて広範なコンセプトにしたいのはわかるが,たとえば,Webサービスに(少なくとも現時点では)ほとんど関係がないExchange Serverなどにまで,.NETのブランドを与えるのはちょっと行き過ぎではないだろうか?

 同社のブランディングのあいまいさは今に始まった話ではない。たとえば,COMやOLEなどの用語も時期によって異なる意味を持ち,デベロッパー達を混乱させてきた。.NETについて議論する際には,.NETのどの要素について話しているのかを明確にすることで,混乱を避けるようにした方がよいだろう。

 マイクロソフトが.NET(ここでは,1の意味で言っている)で目指すものは,ソフトウェア販売を中心としたビジネスからWebサービスの提供ビジネスへの変革である。「software as a service」という考え方自体は,オラクルやサンが先行していたビジョンであるが,これらのビジョンでは従来通りの一枚岩型アプリケーションをレンタル方式で提供するASPのビジネス・モデルにフォーカスが当たっていた。利用者側で組み合わせ可能なアプリケーション機能をインターネット経由で提供するという新しい意味の「サービス」のビジョンでは,マイクロソフトが今のところ先行していると言える。

 マイクロソフトが新しい市場に乗り出す際に採る常套手段は,インフラだけではなくインフラに依存する重要な上位ソフトウェア(いわゆる,キラー・アプリケーション)も同時に提供し,さらに,敷居が低い開発ツールの早期提供でデベロッパーの心を掴むことである。Webサービスにおいても,同社はこの戦略を採っている。開発ツールとは,もちろん,Visual Studio .NETのことであり,キラー・アプリケーションに相当する存在はHailStormである。正確に言えばHailStormはアプリケーションそのものではなく,認証(これは,今,Hotmailユーザーであれば誰でも使用しているPassportサービスに相当する),スケジュール帳,文書保管など,多くのアプリケーションが使用する共通機能をWebサービスとして提供する2002年に本番開始予定のプロジェクトである。ユーザーは,HailStormを直接使うのではなく,使用しているアプリケーションがHailStormの機能を使うことで間接的にメリットを享受できる。

 マイクロソフトのビジネスのやり方に対する感情的な好き嫌いの問題はさておき,この変革のスピードは驚嘆に値する。ビル・ゲイツ氏は,.NETへの移行を,DOSからWindowsへの移行に相当する大きな変革であると述べているが,筆者は,Windows 95登場の頃にあったパソコン通信からWebへの方向転換を思い起こす。当時,マイクロソフトはMSNをCompuServeと対抗するようなクローズドなパソコン通信環境として推進し,Windows 95との統合による相乗効果を得ようとしていた。しかし,世界がインターネットへのオープンな環境へと進みつつあることを迅速に悟った同社は,MSNをインターネット上のポータル・サイトへと方向転換させ,1年もたたないうちに,Internet Explorerによりインターネットの世界においても重要プレーヤーとなった。つまり,パソコンの時代からWebの時代への変革に成功したわけだ。

 Webの時代からWebサービスの時代への変革においても,マイクロソフトは,再度,同様の成功を達成できるのだろうか? 成功のためには,1:多くのアプリケーション・ベンダーやASPにHailstrormを使用してもらう,2:安定し,かつ,セキュリティ上安全なHailStormサービスを提供する,3:Hailstormで,既存のソフトウェア・ビジネスに代わる収益源を確保するなどの課題を克服する必要がある。1については,eBayとの提携など着々と準備は進んでおり,普及の可能性は高いとガートナーは見ている。しかし,ユーザーの認証情報をマイクロソフト側に集約するという方式に対する反発は大きな課題だ。さらに,Windows XPとPassportサービスを密接に結びつけようとしているマイクロソフトの戦略は,ブラウザとOSのバンドリングと同様の議論を引き起こすだろう。2は,マイクロソフトの過去の成績が芳しくない分野であり,課題は大きいと言える。実績あるプロバイダーとのパートナーシップが重要となるだろう。3に関しては,今の視点から見れば困難に思えるかもしれない。しかし,インターネットではすべてが無償であるという常識が転換しようとしている動向を考えれば,Webサービスを中核とした新たな経済システムが確立される可能性も十分あると言える。ガートナーは,2006年までに企業の半数が重要業務において,HailStormまたは「他の類似のサービス」に依存することになると予測している。HailStormで示したマイクロソフトのWebサービス・ビジョンが実現する可能性は高い,しかし,その市場をマイクロソフトが独占できるとは限らないということだ。

 .NETについては,とても1回分のスペースでは書き切れないので,回を改めて分析していこうと思う。次回は,IBMなどの他のメーカーのWebサービス戦略について分析する予定だ。

[栗原潔日本ガートナーグループ]