Gartner Column:第13回 CRMについて本音で語ろう(1)

【国内記事】 2001.09.03

 米国ガートナーでは,ITのさまざまなトピックに関するカンファレンスを1年に数十回行なっている。このカンファレンスの集客状況は米国の企業ユーザーの関心事の良い指標だ。この観点から言えば,今最も注目度が高いトピックのひとつがCRMであると言える。

 ERPやSCMなどによる効率化,つまり,物品やサービスの売り手サイドから見たIT戦略が一段落した米国の先進企業が,次の一手としてCRMによる買い手サイドにフォーカスした差別化に乗り出している構図が伺える。日本においても米国にやや遅れをとっているものの,同様の傾向が見られるようだ。

 先日,某企業のコンサルティングを行なうにあたり,今さらながらではあるが,CRMの定義について考えてみた。筆者なりに至ったCRMの定義とは,「顧客満足度を最適化し,優良顧客のロイヤリティを最大化することで,収益の向上を目指すための総合戦略」というものだ。自画自賛するわけではないが,作ってみてこの定義はなかなか良くできているのではと感じている。CRMを成功させるために重要ではあるが見逃されがちないくつかのポイントが取り込まれているからだ。今後2週にわたりこの重要なポイントについて考えていきたい。

ポイント1:「CRMの成功のためには顧客の差別が必要となる」

「お客様は神様」という考え方があらゆるCRM戦略の出発点であることは論を待たない。しかし,同時に「神様にもいろいろある」点を認識することが重要だ。顧客の中にも企業にとって大きな利益をもたらしてくれる顧客と,コストがかかるだけで利益にほとんど結びつかない顧客がいる。

 前者に対して最善のサービスを提供し,満足度を高める一方で,後者に対してはできるだけコストを抑えること,つまり,セグメンテーションの考え方が重要なのである(このセグメンテーションのプロセスは,データマイニングやビジネスインテリジェンスなどのITがかなり貢献できる領域である)。先の定義で,顧客満足度の「最大化」ではなく,あえて「最適化」という言葉を使ったのはこのためだ。

 このような顧客を差別する考え方には反発を覚える方もいるかもしれないが,例えば,銀行を例にとってみても,過去においてほぼ一律だった普通預金口座の顧客へのサービスも,口座の残高が多い顧客には優遇措置をとったり,逆に,少ない顧客からは口座管理手数料を徴集したりというように変化している。顧客がもたらす利益率にかかわらず,企業が一定のサービスを提供するという時代は終わりつつあると言ってよいだろう。

ポイント2:「顧客の満足度向上は,ロイヤリティ向上の必要条件ではあるが十分条件ではない」

 上記の定義では,顧客満足度とロイヤリティを別の要素として扱っている。これは意図的である。ガートナーの調査によっても,顧客の満足度が高いからといって,自動的に顧客のロイヤリティが向上するとは限らないケースが増えていることが判明している。特に,インターネットの世界では,顧客のスイッチングコストはきわめて低い。満足度が平均以上であっても,顧客は少しでも良い条件を求めて他社に移ってしまう。企業は,アンケートなどで顧客の満足度が高いからと言って,安心していることはできないわけだ。つまり,顧客を「この会社は良い」ではなく,「この会社でなければダメ」という状態に置くことが重要なのである。

 もちろん,ロイヤリティの向上プロセスは,企業にとっての価値が高い優良顧客にフォーカスして行なうべきだ。一般に,優良顧客の獲得には,マーケティングの点で多くのコストがかかる。このコストは今後も増大していくだろう。なぜなら,インターネットの情報拡散効果により,顧客には,より多くの選択肢が提供されるようになるからだ。逆に言えば,企業にとって,競合他社に優良顧客を取られることのダメージはきわめて大きい。

 ビジネス戦略として,(優良顧客の)ロイヤリティを高める代表的なものは,航空会社が提供するマイレージ・プログラムなどが挙げられるだろう。この領域において,有効なITの代表がチャーン管理である(“churn”を辞書で引いても「撹拌する」などの意味しか出てこないと思うが,マーケティングの世界では顧客による業者の変更という意味で頻繁に使われる用語である)。

 チャーン管理は,例えば,携帯電話や保険などの業種でとりわけ重要な戦略である。データマイニング技術の使用により,チャーンの可能性が高い顧客を半自動的に検出することができる。このような顧客にフォーカスしたプロモーションを行なうことにより,チャーン率を減少し,結果として,顧客のロイヤリティを高めることが可能になる。このデータマイニングやその基礎となるデータウェアハウスについては,是非とも回を改めて説明していきたい。

 次週は残りの二つのCRMの重要ポイントについて考えていくこととしたい。

[栗原潔ガートナージャパン]