Gartner Column:号外 HP-コンパック合併の成功の鍵を握るのは誰か?

【国内記事】 2001.09.06

 前回のCRMの原稿の続きを執筆中に驚愕のニュースが飛び込んできた。予定を変更してHPのコンパック買収に関する現時点での分析をお届けしないわけにはいかないだろう。

 両社の合併のニュースは日米問わず相当の驚きを持って迎えられたが,ほとんどの人にとって,その驚きとは「なるほど,その手があったか!」ではなく,「なぜ,この2社が!?」というものだったのではないだろうか?

 5月に行われた業界アナリスト向けのブリーフィングで,HPのCEOであるカーリー・フィオリーナ女史は完了できなかったPwCCの買収の件について触れ,「たまたまタイミングが悪かっただけ,今後も積極的に企業買収戦略を推進する」と述べていた。だれもがプロフェッショナルサービス企業,もしくは,製品ベンダーから脱してプロフェッショナルサービスファームを指向するITベンダーの買収を思い浮かべたであろう。

 しかし,結果としては,総合ITベンダーが総合ITベンダーを買収するということになったわけだ。もちろん,独禁法や株主の承認などの点での考慮は残る。ガートナーでは,最終的に買収が完了しない可能性の方がやや高いのではと見ている。以下では,この買収が完了するという前提でお話ししたい。

 IT業界に限らず,今日の市場で成功しているのは,規模の経済で勝負できる最大手の総合企業か特定分野に特化した専門企業である。どちらにも属さない中途半端な位置付けの企業は苦戦しているケースが多い。つまり,総合力で勝負か,スピードで勝負かという選択が課されているのである。

 ITの世界では,IBMが前者に,サン,デル,EMCなどが後者に相当するだろう。コンパックやHPは,両タイプの企業の狭間で苦慮する状況にあった。メディアの報道を見ると,なぜか,PCビジネスで苦戦する2社がデル対抗のために合併したという見方が多いようだが,これは,ちょっと視野が狭すぎる見方ではないだろうか。両社の真のターゲットはIBMだろう。

 両社の製品ラインにはあまりにも重複が多い。それでも,デスクトップ,PCサーバ,ノンストップ機についてはコンパック,UNIXサーバとプリンタについてはHP中心でうまく棲み分けができるだろう(コンパックは既に既定路線であるAlphaのフェードアウトをさらに加速する必要に迫られるだろう)。また,PDA分野ではJornadaとiPAQもうまく共存できるだろう。

 しかし,例えばストレージ分野ではかなりの調整が必要とされるだろう(日本ではあまり知られていないが,世界的に見れば,コンパックのストレージ(元々はDECのテクノロジー)は,市場シェアの点でも技術力の点でもトップレベルである)。また,両社の製品ポートフォリオを組合わせても,ソフトウェアインフラの製品ラインは,OpenViewやHPが昨年買収したブルーストーンの製品群などがあるとは言え,IBMと比較すれば力不足である。

 このように相互補完的というセオリーから逸脱した合併は大きな賭けである。実際,現時点における米国株式市場では,HP,コンパック共にかなり株価を下げている。そして最大の課題は,サービス部門の統合であろう。今日におけるIBMの成功の最大の要因は,箱売りビジネスからサービスビジネスへの脱皮を他社に先駆けて実現できた点にある。IBMにキャッチアップするためには,サービスビジネスの強化が不可欠だ。HPとコンパックのサービスビジネスを合わせると約150億ドルに相当するが,これはIBMのグローバルサービスの売り上げの半分以下に過ぎない。

「IT業界ではテクノロジー買収は成功することがあるが,サービス組織の買収は成功しない」という経験則があるそうだ(奇しくも,この経験則を教えてくれたのは米HPの某幹部なのだが)。成熟した組織間のカルチャークラッシュ(企業文化の衝突)を克服し,相乗作用を発揮させるのはきわめて難しい。テクノロジーとは異なり,サービス組織は優秀な人材が流出してしまえば価値が激減してしまうからである。

 ここで,とりわけ注目の的となるのが,新たなサービス事業部のトップとなるアン・リバモア女史である。彼女は,HP生え抜きのトップマネジャーであり,HPの前CEOであるルー・プラット氏の後継者の最右翼であると目されていた人物だ。筆者も何度かインタビューの機会をいただいたことがあるが,相当に辣腕のマネジャーとの印象を受けた。個人的には,彼女がコンパックとのカルチャークラッシュを克服し,(おそらくは,さらなる企業買収も含めて)サービス部門を成長させていけるかどうかに,新生HPの将来がかかっているのではと見ている。

 ちなみに,10月8日より米国フロリダ州オーランドにおいて開催されるガートナーの年間最大のイベントであるシンポジウムでは,カーリー・フィオリーナCEOとコンパックのマイケル・カペラス現CEOが基調インタビューのゲストとして登場する予定だ(米ガートナーのイベントでは,原則として,ゲストの基調「講演」ではなく,基調インタビューを行なうことになっている。アナリストによる歯に衣着せぬ強力なツッコミこそがガートナーの真骨頂だからだ)。この基調インタビューの内容については,是非,この場でレポートしたいと考えている。

[栗原潔ガートナージャパン]